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国際会議 CENTRAL ASIAN STUDIES: History, Politics and Society報告
木村暁(東京大学大学院人文社会系研究科博士課程)

 概要
 プログラム
 報告

 概要

  • 日時:2007年12月14日(金)〜16日(日)
  • 会場:筑波大学・国際会議場
  • 共催:筑波大学、ケンブリッジ大学、ストックホルム大学

 プログラム

 December 14

Panel 1
  • Welcome Addresses: IZUMI Shin'ichiro, TSUJINAKA Yutaka, ONOZAWA Masaki (Univ. of Tsukuba), Birgit SCHLYTER (Stockholm Univ.)
  • Main Ideas, Order and the Flow of the Conference: Timur DADABAEV (Univ. of Tsukuba), Siddharth SAXENA (Univ. of Cambridge)
  • Key Note Speech: KOMATSU Hisao (Univ. of Tokyo)
Panel 2 -- Politics: Transformation and Challenges
  • Moderator: Carole FAUCHER (Univ. of Tsukuba)
  1. Allen J. FRANK (Independent Scholar, USA)
    "Mass-Market Islamic Literature in Turkmenistan: Sources and Currents"
  2. Stéphane A. DUDOIGNON (CNRS, Paris)
    "'Sorcerers' vs. 'Priests'? Towards a Typology of Spiritual Authority in Soviet and Present-Day Tajikistan (1924-1997)"
  3. Parvis MULLAJANOV (Public Committee for Democratic Processes, Tajikistan)
    "Contemporary Conflict Analyses: Methodology, Specifics and Approaches (On the Case of Civil War in Tajikistan (1992 -1997))"
  4. Mara GUBAIDULLINA (Al-Farabi Kazakh National Univ., Kazakhstan)
    "The Political Transformation Experience of Modern Kazakhstan" [in Russian]
  5. Michael FREDHOLM (Stockholm Univ., Sweden)
    "Russia's Role in Transforming Central Asia"

 December 15

Panel 3 -- History Reconsidered
  • Moderator: KOMATSU Hisao (Univ. of Tokyo)
  1. Suchandana CHATTERJEE (Maulana Abul Kalam Azad Institute of Asian Studies, Kolkatta, India)
    "The Prelude and the Interlude Narratives of Transfer of Power in Bukhara, 1920-24"
  2. Cloé DRIEU (National Institute of Oriental Languages and Civilisations / New Sorbonne Univ., Paris)
    "Central Asian Fiction Films as a Tool for History"
  3. Güljanat KURMANGALIYEVA ERCILASUN (Kyrgyz-Turkish Manas Univ., Kyrgyzstan)
    "In the Light of Oral History: From Stalin to Gorbachev (Living History of Central Asian People: The Case of Kyrgyzstan Project)"
  4. Bakhtiyar M. BABAJANOV (Institute of Oriental Studies, Academy of Sciences of Uzbekistan)
    "Post-Soviet Re-Islamisation in Central Asia: Problems and New Perspectives of the Research"
  5. Siddharth SAXENA (Univ. of Cambridge)
    "Interaction and Co-Existence in Bukhara"
  6. UYAMA Tomohiko (SRC, Univ. of Hokkaido)
    "Reconsidering the Interactions between the Tsarist Administration and Central Asian Intellectuals: Is the Orientalism Theory Viable?"
Panel 4 -- Language Policy and Its Implications
  • Moderator: Merrick TABOR (Stockholm Univ.)
  1. Birgit SCHLYTER (Stockholm Univ.)
    "Uzbek Language Policy and the Ideology of National Independence"
  2. Rano TURAEVA (Max Planck Institute)
    "The Role of Language in Constructing Social Identities in Uzbekistan"
  3. USUYAMA Toshinobu (Univ. of Tsukuba)
    "Social and Linguistic Research into the Situation in Kyrgyzstan's Bishkek, Karakol and Osh Cities" [in Russian]
  4. Eric T. SCHLUESSEL (Indiana Univ.)
    "Language Planning and Politics in Xinjiang: History, Identity, and the Politics of Education"

 December 16

Panel 5 -- Sustainability and Local Institutions and Networks
  • Moderator: Siddharth SAXENA (Univ. of Cambridge)
  1. Nicolas de PEDRO (OPEX, Spain)
    "Central Asia and the Human Security Paradigm"
  2. Shailaja FENNELL (Univ. of Cambridge)
    "Historical Dimension of Biodiversity in Central Asia"
  3. Stephen FENNELL (Univ. of Cambridge)
    "The Historical Biodiversity of Central Asia: the Case of Uzbekistan"
  4. Sergei ABASHIN (Institute of Ethnology and Anthropology, Russia)
    "Family, Clan Community and Turgunboi: On Collective and Individual a 'Traditional' Society" [in Russian]
  5. Ilhan SHAHIN (Kyrgyz-Turkish Manas Univ., Kyrgyzstan)
    "Clan and Kinship Networks according to the Oral Sources (Living History of Central Asian People: The Case of Kyrgyzstan Project)"
  6. KIMURA Takeshi (Univ. of Tsukuba)
    "Considering the Sustainability and Its Potentials"
Panel 6 -- International Relations of Central Asia
  • Moderator: YUASA Takeshi (Institute of Defense Studies, Japan)
  1. Timur DADABAEV (Univ. of Tsukuba)
    "Functionalism as a Mode of Cooperation in Post-Soviet Central Asia"
  2. Farhod TOLIPOV (National Univ. of Uzbekistan)
    "Central Asia between EAEC, SCO, and GCA"
  3. Nur OMAROV (Kyrghyz-Russian Slavic Univ., Kyrgyzstan)
    "Current State of Affairs and Perspectives of Integration Processes in Central Asia" [in Russian]
  4. Prajakti KALRA (Univ. of Cambridge)
    "Central Asia and the GCC: Case of Uzbek-Saudi Relations"
  5. Merrick TABOR (Stockholm Univ.)
    "The Politics of International Identity and Central Asia"
  6. Anita SENGUPTA (Maulana Abul Kalam Azad Institute of Asian Studies, Kolkata, India)
    "The Geopolitics of Political Space in Uzbekistan"

 報告

去る2007年12月14〜16日、国際会議「中央アジア研究:歴史、政治、社会」が筑波大学において開催された。これは筑波大学、東京大学(イスラーム地域研究東京大学拠点)、ケンブリッジ大学、ストックホルム大学の共催になり、中央アジア、ロシア、欧米、インド、および日本国内から多数の報告者を迎えたことで、文字どおり国際色豊かな学会となった。

会議の主眼は、参加者間の討論を通じて今後の中央アジア研究のための新たな方法論と分析視角を模索することにあった。各報告はそうした参加者間の議論にきっかけを与え、あるいはその道しるべとなることが期待された。会議の企画者にして統轄者であるティムール・ダダバエフ氏が趣旨説明のなかでふれたように、この会議では具体的な研究成果の公表・提示よりも、むしろ研究者相互の議論とそれを通じての問題意識の共有や意見・情報の交換に力点が置かれたのが大きな特徴と言える。この会議を契機に国際的かつ学際的な研究協力とネットワーク構築をはかり、中央アジア研究をさらに活性化させようという会議主催者の意欲には目をみはるものがあった。

会議のプログラムは上記のとおりである。なお、第6パネルのA. Sengupta氏の報告は本人が事情により来日できなかったため、報告は代読された。プログラムからもわかるとおり、報告は多数にのぼり、そのテーマと内容は多岐にわたるため、ここでは紙幅の関係上、筆者の関心に沿ってとくに重要と思われた報告についてのみ簡単に紹介することにしたい。

第1パネルの小松久男氏による基調講演では、日本において近代以降現在にいたるまで展開されてきた中央アジア研究を眺望して、それが東洋史研究、スラブ研究、イスラーム地域研究という三つの大きな柱のうえに成り立っているという見取り図が示された。こうした独特の広がりと奥行きをそなえる日本における中央アジア研究はこれまでも良質の研究を着実に積み重ねてきたが、その三本柱に支えられたアドバンテージをさらに活かしつつ、今後も世界にさきがけた研究を生み出していく可能性を十分にもっているという指摘は傾聴に値するものであった。

第2パネルのS. A. Dudoignon氏の報告は、ソ連時代においても脈々と受け継がれてきた「民間イスラーム」とその担い手を分析対象とする現代の研究において、マックス・ヴェーバー以来の宗教社会学において力をもってきた「聖職者」と「魔法使い」という二項対立的なとらえ方が今なお援用されていることに疑義を呈するとともに、タジキスタンでの多年のフィールドワークの成果をもとに、今後の歴史学/社会学/人類学研究にとって、オーラル・ヒストリーが提供する史資料が重要な役割を果たすことを強調した。Dudoignon氏の問題提起とある意味で共通するのが、第5パネルにおいてS. Abashin氏がタジキスタンのある氏族的コミュニティーにおける財産相続の問題を人類学的立場から分析・検討するにあたっておこなった、「個人」と「集団」を截然と区別する二分法は不適当であるとの指摘であった。Abashin氏の指摘には反論も寄せられたが、いずれにしてもこれらの報告は、何らかの類型論的な分析視角を研究に応用するにあたっては、それがはたして適切かつ有効であるかを慎重に見定めるべきことをあらためて確認させるものであった。

第3パネルでは、B. M. Babajanov氏がポスト・ソヴィエト期中央アジアにおける再イスラーム化のプロセスをいかに研究していくべきかを、1)歴史的動態をとらえる視野、2)ありとあらゆる資料(文字記録、音声・映像資料等々)の利用、3)個々人へのインタビュー・質問の実施、4)政治家と宗教的指導者の関係への洞察、5)地域の再イスラーム化における外的要因の適切な評価、という5つの点に注意を喚起しながら説得的に論じた。この問題に精通した気鋭のイスラーム学者による指摘の数々はきわめて示唆に富んでいた。たとえば、ムジャッディディーヤの指導者、アブドゥワリー・カーリー・ミールザーエフの言説は、現実に声に出して話される言葉と印刷された著作に現れる言葉とでは内容やトーンが異なるし、印刷物においてもいくつかのバージョンがあり、なかには、過激な主張を含み一般には出回っていないいわば地下出版バージョンも存在する点を指摘した(これに関連して、第2パネルの報告者であるA. J. Frank氏の研究に向けられた氏の批判的コメントには重みがあった)。こうした宗教的指導者の言説を分析するさいに、表向きのレトリックとその背後にある本音の二面性、また話す相手や状況によって態度や主張が変化するという可変性をつねに意識し、一体どの部分が本人の本当の主張なのかを注意深くアイデンティファイすることが肝要であるとの指摘は正鵠を射たものであった。氏の報告は、この問題の安易かつ表層的な現状分析が現実をまったく反映しない分析結果を導出する危険性をはらんでいることに自覚的であれという暗黙のメッセージを含んでいたと言える。

おなじく第3パネルでは、宇山智彦氏がロシア統治下の中央アジアにおけるロシア当局と現地知識人の相互関係を分析するにあたってのオリエンタリズム論の限界について論じた。ロシアの個別主義的政策が各民族のアイデンティティを補強する一方で、各民族の知識人はロシア統治を利用しようとし、ここに複雑でダイナミックな相互関係が展開したが、氏は、サイード以来の従来のワンパターン化したオリエンタリズム論ではこうしたダイナミズムは理解しきれないことを指摘した。ロシア帝国・ソ連のオリエンタリズムのあり方や言説と権力の関係に関して蓄積されてきた実証研究の成果を理論的に彫琢するというオリエンタリズムの批判的見直しの必要性、そしてそれこそが研究の新生面を切り開いていくという氏の示唆的な立論については、宇山智彦「地域認識の方法:オリエンタリズム論を超えて」(同編『地域認識論:多民族空間の構造と表象』(講座スラブ・ユーラシア学2)講談社、2008年、11-36頁)から詳しく知ることができる。

最終の第6パネルでは、国際関係のなかの中央アジアがテーマとして取りあげられた。ティムール・ダダバエフ氏とF. Tolipov氏の各報告は、中央アジア地域を舞台として展開する国際協力、あるいは、国際機構・組織の活動の将来的なあり方や可能性をさまざまなモデルやオプションを示しながら展望するものであった。両報告はともに、地域に内在する微妙な論理を穿つ現地人研究者ならではの微視的な視座と、地域を相対化しつつこれを国際関係の大きな枠組みのなかに位置づける巨視的な視座とを兼ね備える点で共通していたが、それのみならず、中央アジアにおける国際協力や国際機構の持続可能性は、域内の諸国が隣国や大国との関係をうまく調整しながら、いかに主体的かつ自律的な役割を担っていけるかにかかっているという、地域の主体性重視の立場でも一致していた。地域が主体性を発揮するさいに誰がどのようにイニシアチブを握るかという問題は残されているが、両報告が指摘するように、中央アジアがこれからの国際社会のなかで独自の立場と地位を築いていくうえで、一定程度の地域統合を進めることが重要な意味をもつことは疑いない。
  以上、注目すべき報告を概観した。これらの報告と参加者間の議論は新たな研究の呼び水となるはずであり、総じて、本会議は中央アジア研究のさらなる発展の布石となるにちがいない。主催者のアナウンスによれば、各報告の要旨は筑波大学のICCARE Newsletterに掲載予定とのことであり、詳しくはそちらも参照されたい。なお、会議の模様については、下記サイトのウェブアルバムを通じても紹介されている。

http://centralasia.tsukuba.ac.jp/photographs
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