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第5回中央ユーラシア研究会報告
長縄宣博(北海道大学スラブ研究センター)

 概要

  • 日時:2007年5月26日(土)、13:30〜17:30
  • 会場:東京大学本郷キャンパス山上会館203号室
  • 報告者:生田真澄氏(神戸大学大学院)
  • タイトル:「ロシア帝政末期のウラマーのハディース注釈にみる女性と倫理―Rida' al-Din b. Fakhr al-Din (1858-1936)の『「語録集成」注釈』」を中心に」

 報告

ヴォルガ・ウラル地域のイスラームを理解するには、最低でも三つの視点を絶えず念頭に置かなければならない。例えば、ロシア人との相関、旧ソ連の領域でイスラームが重要な地域との比較、世界の他地域との比較が挙げられる。しかも、これらの視点は単なる比較の指標ではなく、すべてが相互に連関している点が重要である。逆に言えば、ヴォルガ・ウラル地域の研究は、様々な研究分野に挑戦状を送ることのできる格好の位置にある。

欧米ではすでに、ヴォルガ・ウラル地域の研究は、1990年代後半にピークを迎え、すでに第二世代とも言える若手の研究が次々に現れており、ロシア帝国論でも、一つの焦点であり続けている。確かに近年、ロシア語の公文書を用いる研究は、ムスリム社会のあり方を生き生きと描出することに成功している。しかしそれは、現地語史料をどのように位置付けるのかという深刻な問いを我々に投げかけている。こうした中で、現地語主義の研究手法が根付いている日本は、極めて有利な位置にある。例えば、ムスリム知識人論は、世界的にもユニークな貢献となりうる。生田さんが取り組んでいる女性問題は、そうした大きな可能性の一つである。

今回の報告は、19世紀末から20世紀初頭のロシア屈指のウラマー、Rida' al-Din b. Fakhr al-Din (1858-1936)の著作から、女性向けの倫理書とハディースの注釈書を丹念に読み解くものだった。そこからは、クルアーンやハディースを直接解釈する聖典主義や、シャリーアの名の下で人間の意志が規制されるあり方から人間が倫理律を追及するあり方への変化といった、ムスリムの改革運動に共通する推進力が浮き彫りになった。これまで、ロシア・イスラーム研究が、中東イスラーム研究とあまりに非対称だったことを考えれば、生田さんの研究は今後、両者の対話をますます深化させていくものと期待される。ただ、今回の報告では、文字通りムスリム社会の傍らにあったロシア社会が見えなかった点が惜しまれる。生田さん自身も認めていたように、20世紀初頭のムスリム知識人は、政治的にはロシア・ナショナリズムと対峙しながらも、社会生活のモラルといった側面では、ロシア語の言論界から多くを盗んでいたのではなかろうか。
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