「パレスチナ研究班」第7回研究会

日時:2010321日(日) 12:0017:00  

場所:早稲田大学早稲田キャンパス9号館9F917号室アジア研究機構会議室

    報告者・報告題目:

臼杵陽(日本女子大学教授)「委任統治期パレスチナと周辺地域の共産主義運動」

  長澤栄治(東京大学教授)「エジプト共産主義運動とパレスチナ問題」

臼杵教授の報告はパレスチナおよび周辺諸国における共産主義運動の展開を、ユダヤ人とのかかわりに注目しながら明らかにしたものである。対象時期としては英国委任統治期を中心に、1980年代にかけての変化が扱われた。アラブ諸国において共産主義は、マイノリティ問題を映し出す鏡として機能し、宗教・宗派を超えた連帯を生む可能性としての意義をもつ。だが一方で、資本主義が未発達な地域であるがゆえに、運動の担い手は労働者や農民ではなく、一部の知識人層に限られがちである。報告では映画『忘却のバグダード』(2002年)の冒頭部分が上映された。そこに登場する4人のイスラエル在住イラク系ユダヤ人共産主義者と、在米アラブ系ユダヤ人研究者もやはり知識人だが、彼らのプロフィールからは、イスラエルおよびイラクにおける共産主義運動とアラブ・マイノリティのあり方と変遷をうかがい知ることができる。質疑では、パレスチナの抵抗文学における共産主義の位置づけや、イスラエル国内左派と共産主義者との関係、パレスチナの他のマルクス・レーニン主義組織(PFLPDFLP等)と共産党の関係、などが質問された。また共産主義運動につらなるものとして、反シオニスト連盟の地域的広がりなどについてコメントがあった。関連する論点としては、中東イスラーム世界での共産主義における無神論の問題、また反シオニズム運動のなかでのイスラーム主義と共産主義の関係などが議論された。

  長沢教授の報告は、エジプトのユダヤ教徒知識人であるヘンリ・クリエルとアハマド・サーディク・サアドの思想と活動を通して、エジプトにおけるパレスチナ問題と共産主義運動の展開を明らかにしたものである。報告は、近刊予定の著書の章立てに従い、両氏の人物像とエジプト思想界における位置づけを紹介した後、活動歴を詳細に追う形で展開された。クリエルはEMNLEgyptian Movement for National Liberation)の創設者で、長期の国外追放生活を余儀なくされながら、スーダンやアルジェリア独立闘争等ともつながって生涯を活動にささげ、エジプト共産主義運動に大きな影響力をもった。これに対してサアドは、ナセル政権などによる長い投獄生活の後、共産主義、民俗学、イスラーム経済思想を含めた広い分野で多くの著作を残した。エジプトでは1920年にエジプト社会党が結成されるが、すぐに政府の弾圧を受け、コミンテルンからの指示も受けられなかった。1940年代に独ソ戦が始まると、イギリスの黙認のもと共産主義運動は復活するが、パレスチナ分割決議をめぐり1947年に運動は大分裂を起こす。再統一を見るのはナセル革命後の1955年だが、その10年後にはエジプト共産党の解党宣言が出され、運動の国有化が図られた。これら一連の流れの中で、議論の軸であり続けたのは、シオニズムへの解釈と、アラブ民族主義への対応の問題であった。質疑では、一般の人々にアラブ人意識が芽生えた時期と契機や、運動を浸透させていく上でのエジプトの知識人層のあいだでのアラビア語使用能力、エジプト社会におけるユダヤ人の位置づけなど、幅広い面からの質問が出された。

                            (錦田愛子

                        NIHU Program: ISLAMIC AREA STUDIES
                          IAS Center at the University of Tokyo (TIAS)
                                            
GROUP2
  Structural Change in Middle East Politics