2009年度第1回研究会:
 「中東民主化研究班」第1回研究会
 (東洋文庫の現代イスラームの超域的研究「議会主義の展開と
 立憲体制に関する比較研究」アラブ班との共催)
 


  日時: 2009年7月18日(土),14:00時から18:00時
 場所: 東京大学東洋文化研究所会議室
 報告者・報告題目: 福富満久(財)国際金融情報センター中東・アフリカ部エコノミスト
      「ブーテフリカ大統領三選:アルジェリア民主化の現状と今後の課題」

          吉岡明子(日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究員)
      「イラクの議会政治ー議会の役割と総選挙に向けての動きー」

  福富氏による発表は、主として経済の視点からアルジェリアの民主化を考察しようとするものであった。アルジェリアでは1997年から定期的に選挙が繰り返され、選挙そのものやその結果に関しては、民主的との評価が示される。しかし、イスラーム救国戦線(FIS)が非合法のままであることや2008年憲法改正による大統領の任期制限の撤廃などからは、否定的な評価が生まれる。このようにアルジェリアに対する評価は極めて難しいが、福富氏は石油・天然ガスの収入とブーテフリカ政権による順調な経済運営が、軍や企業合同体、労働組合といった与党FLNの支持勢力の既得権益保護のための分配となっていることが、民主化の基本的な障害であると指摘する。石油・天然ガス国営企業の肥大化や外資導入への各種障害、経済のインフォーマル・セクターの存在など、解決すべき問題には手が付けられず、また規制緩和や自由化といった経済の構造改革も、一向に進んでいない。

現在までグローバリゼーションに直面せずに済んでいる一方、軍は依然として国軍というよりは「FLNの軍」のままであり、政治に隠然たる力を持っている。経済の自由化や公正化が進まなければ、根本的な政治変化も生じない。石油・天然ガス収入がレントとなって、本来改革が必要なはずのいびつな経済が維持され、それが政権維持の方向に政治的に作用している。この状況が、アルジェリアの民主化が進展しない最大の要因となっている。長期的に見れば、アルジェリアはポジティヴな方向に進んでいるとは思うが、経済の古い構造とブーテフリカ政権の体質やその長期化とは、表裏一体の関係にあると評価された。

 吉岡氏の発表では、特に議会の側面から、イラクにおける最近の政治変化が報告された。2008年からイラクの議会政治、政党政治には大きな変化が見られる。まず議会において、立法や批准の手続きに関わる解釈の違いから対立が生じた。この対立はしばしば議会に紛糾を招いたが、同時に議論が繰り返されることにより、手続き面での整備やそこでの政治的な闘争や駆け引きに議員や政党が慣れてきた。また、当初の挙国一致内閣から閣僚を引き上げる政党が出たことから、連立与党が5党(ダアワ党、ISCIPUKKDPIIP)に収斂され、与党-野党という軸が議会に形成された。これにより、議会戦術を身に付けた野党の存在という、「政局」がイラク政治に出現した。さらに、同時期にマーリキ首相が「強いリーダー像」に変身していく。治安の改善や米軍撤退の期限設定、米軍地位協定(SOFA)が世界でもっとも米軍側に厳しい協定となったことなどが、首相の功績やリーダーシップの結果とされて、その指導力への評価が高まった。

 これらの変化を背景に、20091月に県議会選挙が実施された。吉岡氏は、来年(2010年)1月に予定されている総選挙の前哨戦と位置づけられたこの県議会選挙に注目し、以下のような特徴を指摘した。県単位で一区の非拘束名簿式比例代表制に改正された選挙制度の下、500以上の政党と14000人以上の候補者が参加したこの地方選挙では、多数決による決定というルールが定着し、選挙結果の受け入れがスムースとなって、各県で与党の交代も生じた。挙国一致内閣の崩壊や選挙におけるマイノリティ枠・女性枠の減少と、「イラク人」ナショナリズムや脱宗派主義の高まりから、復興の基礎に置かれた「多極共存型民主主義」は行き詰まりを見せている。しかし、一方でやはり支持基盤や投票活動には特定の地域的偏りがあり、また既存の制度もそれを前提として機能している。そのなかで、宗派や民族を背景とした政党政治が続くのか、それらを超えていく大政党が現れるのか、いろいろな可能性を持った状況になっている。いずれにしても、現在の議会における与党-野党の軸が来年の総選挙後も維持されることは難しいので、選挙後の連立交渉が焦点となり、そこでの政治の停滞は避けられないであろう。

                             (松本弘)



                        NIHU Program: ISLAMIC AREA STUDIES
                          IAS Center at the University of Tokyo (TIAS)
                                            
GROUP2
  Structural Change in Middle East Politics