教員エッセイ 「私の選択」

2009年

  • 研究室の大きさ下田正弘(インド哲学仏教学)思い出す授業の一こまがある。駒場から本郷に進学した1979年、文学部では学生自治会がしばしば授業のストライキをおこなっていた。法文1、2号館の出入口には自治会のメンバー二、三人が立ち、学生と教師の出入りを妨げて… >>more
  • 紆余曲折がモノを言う佐藤宏之(考古学)卒業した高校には旧制出身の先生が多くおられ、その薫陶を受けたためか、「人とは違う人生を目指すんだ」とすっかりその気にさせられてしまった。高校時代、私は生物部と柔道部に属しており、当時流行していた生態学にかぶ… >>more
  • 文字の縁大西克也(中国語中国文学)私が生まれ育った大阪・阿倍野の家は、20坪あまりの土地いっぱいに建てられた狭い町屋で、ちょっと不思議な造りをしていた。階段が二つあったのである。玄関脇から階段を登り切ると、もう一つの階段が一階の手洗いに向かっ… >>more
  • ほとんど何も思い出せないけれど木下直之(文化資源学)教室で学生に向かって何ごとかを語りながら、今語っていることを、30年後の彼らは何ひとつ覚えていないだろうなと、ふと思うことがある。それは確信をもって言える。なぜなら、30年前には教壇の向こう側に座っていた私が身… >>more