教 授  葛西 康徳  (西洋古典学研究室)

所属
  • 【言語文化学科】西洋古典学専修課程
  • 【欧米系文化研究専攻】西洋古典学専門分野

ギリシアの古典作品を読んでいると、対立状況にある当事者が、「第三者(想定を含む)」の前で、二つの対照的な行動様式(スピーチを含む)を採る、そのような場面にしばしば出くわす。二つのタイプのうち一方を応諾・追従型、他方を論駁・挑戦型と仮に呼んでおく。このような古典作品の典型例としてまず想起されるのが、ギリシア弁論術および弁論作品であるが、決してそれだけではない。ホメロス、ギリシア悲劇、トゥキュディデスなど、この場面が登場しない古典作品は無いといってよいほどである。プラトンの対話編も、もちろん例外ではない。

では、何故、古代ギリシアにはこのような場面が、そして特に第三者(聴衆、観衆、合唱隊、裁判人など)の存在が、特徴的なのであろうか。あるいは、何故、対照的な行動様式をとるのであろうか。このような疑問を抱きながら、ずっと古典作品を読んできた。現在とくに当事者の対立イシューとして注目して研究しているのは、貨幣、宗教(神々)、法である。

第二に、このような関心からテクストを読むことは、「パフォーマンス」としてテクストを解釈することであり、さらに「パフォーマンス」を実践することにつながる。実際、欧米では(かつて日本でも)古典学研究者および学生によって、古典作品の上演が為されている。これは、単に教育上の効果のみならず研究上も重要な意義を有する。現在筆者は、法廷弁論の上演ができないものか、可能性を探っている。

第三に、筆者は文化転移(Cultural Transfer)の問題に関心を寄せている。このテーマは古典学の世界では、通常「Classical Reception」とか「Classical Tradition」と呼ばれているが、Reception(継受)という概念に代えて、Diffusionという概念の導入を筆者は提唱している。このDiffusion(普及)という言葉は、文化の発信元の視点から見た概念であり、こと西洋古典文化に関して日本(人)が用いることは、不可解であると思われる向きもあろう。

しかし、Reception理論と「翻訳」により、日本の人文学(法学を含む)は独立し、孤立した。この状況を打破するためには、Diffusionの視点から、何がどのように「普及」したかを、発信元の言語で日本が提示する必要があると考えている。今後、このような視点に基づき、具体例をいくつか挙げて分析する予定である。

 

主要業績

  1. 「古代ギリシャにおける「紛争」対する対応の二つの側面について-peithomai/peithoを手掛かりにして-」『法制史研究』(創文社)50巻、2001(平成13)年3月、1~42頁
  2. “A Space for epieikeia in Greek Law” in G. Thür, ed., Symposion 2009, 2010, Wien, 117-129 『これからの教養教育』(鈴木佳秀と共編著)東信堂、2008(平成20年)3月、全222頁

 

詳細情報  2010-2011年度  2012-2013年度  2014-2015年度  2016-2017年度
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