『ユーラシア諸宗教の関係史論』合評討論会

シンポジウム『ユーラシア諸宗教の関係史論』合評討論会―信仰における他者性をめぐって―

日時=2011年3月31日(木)13:30-18:00

場所=東京大学教養学部(駒場キャンパス)18号館ホール

討論者:『ユーラシア諸宗教の関係史論』執筆者全員
(深沢克己、神田千里、山口輝臣、武内房司、西井凉子、宮武志郎、黒木英充、田村愛理、宮野裕、森田安一、那須敬)

論評者:西川杉子(東京大学大学院総合文化研究科准教授)
堀井 優(同志社大学文学部准教授)
大塚紀弘(日本学術振興会特別研究員)
小島 毅(東京大学大学院人文社会系研究科准教授)

司 会:千葉敏之(東京外国語大学外国語学部准教授)

趣旨説明:
日本から西ヨーロッパまで、ユーラシア各地における諸宗教間の相剋と融和、受容と排除のメカニズムを比較史的に論じる意図から、上記の科学研究費メンバーおよび共著執筆者の全員を結集して討論をおこなう。中近世日本の在来諸宗教と外来キリスト教、清末・民国期の中国における民間宗教結社とパリ外国宣教会宣教師、現代南タイのムスリムと仏教徒、オスマン帝国内のユダヤ教徒、近代シリアにおけるギリシア・カトリック教会の自立過程、現代テュニジアのユダヤ教徒とムスリム、中世末期のロシア正教会とローマ・カトリック、マルティン・ルターのユダヤ教徒観、近世イングランド国教会の異端認識などをめぐり、一国史の枠組みを超えて共通の議論を構築しようと試みる。

報告記事:
本科研主催の国内シンポジウムとして、標題の論文集の合評討論会が、2011年3月31日(木)、東京大学教養学部(駒場キャンパス)18号館ホールにて開催された。3月11日の東日本大震災の直後で、国内では過度とも言える自粛ムードのうちに国際シンポジウム企画が次々と順延・中止となるなか、本シンポジウムは予定通り、粛々と開催された。また、このような状況下でも、会場には多くの聴衆が来場し、報告に熱心に聞き入り、また討論にも積極的に参加していた。
本論文集は諸宗教間の―相剋と融和を含む―関係性を主題とする点で、本科研と共通の問題関心を持つ一方で、本科研では対象外となっている地域―中近世・近代日本、チュニジア、近世ドイツ、中国近代、タイ―の宗教問題を取り扱っている点では、本科研を地域的に補完する出版企画であると言える。また、本論文集の編者は本科研の代表者であり、また執筆者11名のうち5名が本科研のメンバーとなっている。今回のシンポジウムは、論文集の成果を世に問うという本来の目的に加え、論文集執筆陣との学術交流をはかり、また外部の専門家からの評価・知見を得ることで、次年度以降の研究活動に活かすという主旨のもとに企画された。本科研メンバーの2名(西川杉子、堀井優)に加え、日本仏教史の分野から大塚紀弘氏、中国思想史から小島毅氏をコメンテーターに迎えたことは、こうした意図を踏まえてのものである。
シンポジウムは、まず最初に論文集の各章執筆担当者の全員(当日欠席の森田安一氏を除く)が、論文の狙いと今後の課題について報告し、これに対してコメンテーター4名が感想・批判・指摘を述べるという順序で進められた。さらに、執筆者とコメンテーターとの間のやり取りを踏まえ、最後にフロアーも参加する最終討論を行なった。討論のなかでは様々な論点が示されたが、とくに重要であると思われるのは、次の3点である。第一に、「宗教」という概念の射程の問題である。すなわち、キリスト教やイスラーム教のような世界宗教とローカルな地域宗教を同一次元で扱うことの是非や、同じキリスト教でも、エリートの信仰実践と、下層民や農村地域における異教性を多分に内包した信仰実践の関係をどう捉えるか、といった問題である。第二に、本論文集は宗派間・宗教間の相剋と融和、接触と受容、などの関係性を扱った優れたケース・スタディでありながら、議論の基本的枠組みや概念の統一性、抽象化が不十分なために、論文集全体としての結論が不明瞭であるとの指摘である。共通の枠組みの下に論文集を編むことは一つの理想であるが、ただ理念型からの出発は議論の抽象化や魅力ある細部の切り捨てを招く危険もある。第三に、従来その宗教の信者=研究者によって専ら担われてきた宗教の歴史を、その時代の社会を理解するための不可欠の構成要素、歴史の展開の重要な要因の一つとして位置づけ直すことの意義である。宗教という次元を社会という文脈へ回収する宗教社会史の試みは、理論重視の戦後史学の来し方を想起するなら、未ださほどに自明のことではない。このような実証研究がさらに積み重ねられていくなかで、いずれ「宗教の世界史」が描き直されるに違いない。

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