研究の目的 

 本研究プロジェクトは、中世から近代にいたるヨーロッパ・地中海世界における多様な異宗教・異宗派間の関係を、伝統的な教会史や教義・教説史の次元を超えた新しい社会文化史的視野のもとに研究する意図をもつ。それはイギリス・アイルランド・フランス・イタリア・オランダ・ドイツ・ロシアに加えて、オスマン帝国治下の中東地域まで対象に含め、一国史の枠組みを超えて比較史または「連関史」を構築し、宗教的「他者」の受容と排除の複雑な現実を相互に比較することにより、信仰上の相剋と融和の普遍的な論理構造を解明しようとする。

 その場合に、従来ともすればそうであったように、他者の存在を対立・闘争・抑圧・排除の視点だけで解釈するのではなく、むしろ共存・受容・融和・習合などの視点からも理解し、これら両契機の相互作用または弁証法を考察することが、基本的目標となる。そのためには、正統と異端、宗教改革と対抗宗教改革、教皇至上権と国教会、公認教会と非公認教派など、制度上・教義上の伝統的な対抗図式にとらわれず、信仰生活の社会的・日常的次元における共存・交流や相互理解にも着目し、さらに異宗派・異宗教間の矛盾・対立を克服しようとする折衷的・習合的な思想潮流の成立基盤へと考察を拡大しながら、いわば西方世界の霊的宇宙を再構成する努力が必要不可欠になる。

 ところで以上のような宗教社会史研究を、ヨーロッパ・キリスト教世界内部における自己完結的な説明原理に帰結させるのは、現在の歴史認識の水準からみて不適切である。アジア諸宗教の間接的影響についてはひとまず度外視するとしても、イスラーム教徒とユダヤ教徒は、キリスト教徒にとって身近な他者であると同時に、永続的な対話者でもあり、宗教的次元の相互浸透は従来考えられた以上に奥深い。それゆえ本研究では、オスマン帝国治下の東地中海沿岸地域を研究対象に含めることにより、キリスト教世界とイスラーム世界とを比較しつつ、宗教的他者をめぐる両者間の差異はもちろんのこと、両者間の共通性と相互作用についても認識を深め、歴史理解の普遍的な枠組みを構築すべく努力することを課題とする。

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