執筆と流れ ―フランツ・カフカの日記に記された執筆に関する形象表現と後期未発表テクストにおける自己言及性について

三根 靖久

テクストで視覚的に描かれた事物や光景を形象と呼ぶとき,西洋では文学的創作や執筆がしばしば“流れ”の形象や語によって表現される.例えば,伝ロンギノス(Longinos),ハルスドルファー(Georg Harsdörffer),ビルケン(Sigmund Birken),シラー(Friedrich Schiller)においては,“流れ”は,文体,霊感,熱狂等を表わしていた.20世紀の作家フランツ・カフカ(Franz Kafka)もまた,しばしば“書く”という営みを日記等で“流れ”に託して表現している.他方で,カフカの創作テクストには,そうした執筆に関する形象と非常によく似た描写が見られる.こうした形象と創作テクストの関係を考究するのが本研究の目的であり,そのテーゼは次の通りである:カフカの創作テクストにおいては,日記や手紙等の記述に類似した形象を通して,作者の姿が登場人物に重ねられ,そのことによりテクストは,執筆に対する作者の批判的省察の場ともなる.そうした批判的省察としての一面を本論では,創作に関する作者自身による自己言及性と呼ぶ.

 本題への準備として,メタファーと形象の関係を整理したのが本論第I章である.この種の研究には,メタファーは形象と語のいずれより発生するのかという問題が付きまとう.Monroe Beardsleyは,それは語であるとした優れた論考を記したが,一般論ではなく個別のケースで考えたとき,作家が,メタファーとは本来の文脈とは異なる形象を導入することであると了解している場合もありうる.そのため,本論では,言葉と形象双方の観点から日記と物語の類似を探求するという方針が取られる.

 次に,作者の執筆を巡る形象表現を全体的に把握すべく,日記と手紙の関連の記述を俯瞰したのが本論第II章である.全般的に言って,執筆に関する作者の記述は,書くことへの欲求に関するものが多い.そうした用法での代表格が“注ぐ・放出される”(sich ergießen)という語である.この場合,執筆によって放出されるのは,作者のある種の内的欲求である.だが,それとは別に,“書く”という体験を“流れ”で捉えた記述が存在する.代表的なのが,1911年11月15日と1912年9月23日の日記である.11月15日の日記では,執筆に先立つ作品の構想過程が,“流れから偶然に任せて言葉を掴みとる”という形象表現で捉えられている.この“流れ”の正体は,作者が構想に際して高揚と共に経験する「充溢」のようだが,作者はその充溢に一方で魅了されつつも,他方で,その充溢が執筆のときには失われていることに満足出来ずにいる.それに対して9月23日の日記では,前夜に『判決』という作品を執筆した際の状況が描写されているが,物語が展開していく過程が“水の中を前に進むようだ”と表現されている.先年の記述と異なり,書き手自身が水に浸っており,言葉を流れの外から取って来る必要はない.こうして構想と執筆が一体となった書き方に作者は満足を覚えたようであるが,『判決』はカフカの創作量が飛躍的に増加した転換点でもあることからも,この執筆体験の重要さは確かに裏付けられるのである.なお,この作品の結末で主人公のゲオルクは橋から川へと飛び込んでおり,作者の“水の中を前に進む”という表現との奇妙な関連を感じさせる.『判決』の草稿と定稿の間には,作者の執筆への没入の激しさを暗示するような接頭辞„herab“と„hinab“の書き換えが見られる(第II章2.1).これと並んで注目すべきなのは,『判決』以降,執筆を“潜る”,あるいは“下降する”という形象によって捉えた記述が見られるようになる点である.その代表例である1922年7月5日のブロート(Max Brod)宛の手紙では,執筆は「下降」(Hinabgehen)と捉えられているが,まさしくこの語の中には接頭辞„herab“が潜んでいる.こうした問題を総合的に扱うためには,11月15日と9月23日の日記に類似した形象と共に,“注ぐ・放出する”(sich ergießen)という語,“潜る”という形象及び接頭辞„herab“と„hinab“の物語テクストにおける用法について考察することが必要となる.

 上記の形象と語の内,第III章では,“注ぐ”と“水の中を前に進む”の創作テクストでの在り方が検証される.日記とは異なり,“注ぐ”(sich ergießen)とその派生語は,創作テクストでは1912年に執筆された『失踪者』と『変身』の限られた箇所に集中する.もっとも,そこに執筆を巡る自己言及性が認められると言えるかどうかは微妙である.だが,他ならぬこの語に注目することで,長編『失踪者』に登場するロビンソンの様々なモチーフが,『変身』の主人公グレーゴルの害虫としての身体性へと発展していく過程が見て取れる.次に,“水の中を前に進む”という形象に関してもっとも重要なテクストが,1917年の断片群『狩人グラックス』である.その代表的断片における小舟のモチーフは,同時期に書かれた『皇帝の使者』と構造上類似しているのだが,この『皇帝の使者』は,他ならぬ『判決』の変奏という一面を持つ(第III章2.2).それらを総合的に考えると,グラックスを巡る“流れ”のモチーフの中には,9月23日の日記の“水の中を前に進む”を連想させる形象に加えて,まさにその執筆体験によって誕生した『判決』の変奏の形成途中の形象が同時に出現していると見なせるのである.他方で,内容に即して言えば,9月23日の日記に記された作者の状況とグラックスの境遇は,まるで正反対である.そうした相違から,『判決』執筆時の作者の状況がグラックスという人物の中に相似的に描かれているわけではないことが分かる.だが,正反対というのもまた,一つの関係性を感じさせる.実際に,そこにはグラックス執筆当時の作者の状況が反映されていると読むことも可能だろう.従って,ここに“書くこと”への作者の自己言及の始まりを認め得る.もっとも,グラックスは,出口のない不毛な状況に陥ってしまった原因は何なのか自ら批判的に問いはしない.作者もまた,“書くこと”の相対化の行方をまだ掴み切れていないかのようである.

 それに対して,第IV章で扱う1922年以降のテクストでは,作者は更に踏み込んでいる.まず,『城』では,使者バルナバスが城から手紙を取って来る一連の過程に1911年11月15日の日記の形象との複数の類似点が認められた.この類似が意味するところを考える上で鍵となるのが主人公K.の言動である.K.は,使者としての仕事の成果に満足出来ないバルナバスを批判しているが,バルナバスの一連の動きが11月15日の日記の形象と類似しているために,その批判を,この日記を記した当時の作者自身の執筆姿勢に対する批判として読むことも可能である.そこには,充溢あるいは“流れ”という,執筆に関して作者が重きを置いていたはずの形象や語の脱特権化という面があったとも見なせる.

 脱特権化と関連した状況は,『城』の後に記された『ある犬の研究』でも認められる.この物語の主人公である犬は,食べ物がどこからやって来るのか研究している最中に飢えによる幻覚を経験した.この体験には作者の『判決』の執筆体験を連想させるところが幾つかあるのだが,その一つが,食べ物が降りて来るモチーフに繰り返される接頭辞„herab“である.これはまさしく『判決』の書き換えで注目した語に他ならない.ところが,主人公は全く認識出来ていないのだが,どうやら彼らの食べ物は人間に投げ与えられているようである.つまり,作者自身を思わせる主人公の真剣な姿が,他ならぬ作者によって滑稽に描かれているわけであり,そこには作者のアイロニカルな姿勢が窺える.こうした1922年のテクストから読み取れる執筆に対する作者の姿勢は,それ以前の日記の記述と比べ随分異なる.作者の姿勢にこうした変化をもたらした要因の一端を窺わせるのが,1922年7月5日のブロート宛の手紙である.カフカは1917年より結核を患っているのだが,この手紙でカフカは,それを身体に無理のかかる執筆を長年続けた帰結であるという認識を示しており,そのことを悔いてもいる.他方で,“暗黒の諸力への下降(Hinabgehen)”と呼ばれるところの執筆の快楽も確かに述べられており,そうした揺れが,この同時期のテクストにも現れていると考えられる.

 この葛藤を踏まえたとき,翌年に記された『巣穴』の意義は大きい.この物語を読む重要な手掛かりが,先述の手紙の中の“暗黒の諸力への下降”という形象である.主人公の巣の中への“下降”(Hinabgehenあるいは,いずれも接頭辞„hinab“を伴う,それに類似した諸表現が用いられている)を手紙のこの表現と重ねたとき,主人公がその後に行う地面を“掘る”という作業から執筆という別の意味がくみ取れる.この主人公は当初,巣の中に響く音の原因を探るため,調査用の穴を掘る計画を立てる.ところが,彼は突然にこの計画を放棄してしまう.この放棄は,“暗黒の諸力への下降”と表現されるような,極めて身体消耗的な執筆の放棄とも読める.更に,語り手は,音の原因をあれこれ空想する過程で地下水についても言及するが,直ぐにその話題を終えてしまう.カフカの日記には,地下水を創作に必要な霊感のメタファーとした記述があるが,作者にとって確かに特別な価値があったはずの“流れ”に,主人公は全く関心を示さない.ここに物語を“書く”という行為に関しての作者の新境地が窺える.

 こうした一連の考察は,極度の精神的集中という作者の初期の日記から窺えた執筆姿勢が,次第に相対化されていった可能性を強く示唆する.その変化を,<カフカの執筆は“流れ”の追求から始まり,“流れ”との決別に至る>と総括することで本論の結論とする.

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