鎮源『大日本国法華経験記』の形成と思想に関する研究

岡田 文弘

 首楞厳院沙門鎮源(生没年不明)が長久年間(1040-1044)に著した『大日本国法華経験記』(以下『験記』)は、平安時代を代表する仏教説話集である。

 『験記』は、源為憲『三宝絵』・慶滋保胤『日本往生極楽記』(以下『極楽記』)その他各種の往生伝が相次いで編まれた、いわば仏教説話の黄金期に生み出された典籍であり、また、後続の『今昔物語集』(以下『今昔』)に収録説話が多数引用されるなど、多大な影響を及ぼしている。このように『験記』は日本の仏教説話文学史上、重要な典籍であることは疑いないものである。また本書は後代の著名な仏教者たちにも注目されており、東大寺の学僧である宗性(1202-1278)が著した『弥勒如来感応抄』(以下『感応抄』)や虎関師錬(1278-1346)『元亨釈書』(以下『元亨』)といった説話集・伝記類の素材・史料として用いられた例などが見られる。

 更に『験記』は、このような説話文学作品としての受容のみならず、中世の法華信仰の実態をうかがい知る史料としても多くの研究者から重視されている。そのため本書は、宗教研究や史学研究など様々な領域からアプローチが試みられ、その研究状況は近年ますます盛んになっている。

 しかし、『験記』を取り上げた研究は数多くあるにも関わらず、『験記』そのものを真っ向から論じた総合的研究は、未だ少ないのが現状である。近年は説話研究自体が興隆の傾向にあることもあいまって、ようやく『験記』そのものを主題に据えた研究も増えてきたが、『験記』の撰述意図や根底にある仏教観といった思想的側面については、未だ十分な検討がされているとは言い難い。 

 そこで本論文では鎮源『験記』を中心に据え、具体的に説話本文を検討し、関連の文献との比較を適宜行いつつ、同書の形成に際しての鎮源の意図、そして本文に込められた思想を明らかにすることを目的とした。

 まず序論では『験記』の基礎的情報と先行研究史を概観した。

 つづく本論においては、まず第一章「『法華験記』成立の時代」において、『験記』が編纂された背景・時代的要請に注目した考察を行なった。

 第一節では、同書の成立事情のキーワードとして①説話集編纂の流行②劣機済度の要請③遁世的法華持経者への着目、という三点を挙げた。この三点のキーワードに関する考察を、続く第二節・第三節で行なった。

 まず第二節では、『験記』序文に引かれた雪山童子と章安灌頂(561-632)の故事を端緒として『験記』編纂の経緯・動機について検討した。続く第三節では、鎮源がどのように理想的な行者像を構築し、その伝を作り上げていったのかを考察すべく、第六九話「基燈法師」を一例として取り上げた。

 第二章「中国・朝鮮の典籍との関係」では、『験記』の先行文献のうち、中国・朝鮮など外来の文献について検討した。

 まず第一節で本章の概説を示し、第二節・第三節では、主に先行研究の整理を通して、『験記』の先行文献として重視される義寂『法華経集験記』(以下『集験記』)と僧祥『法華伝記』(以下『伝記』)について検討した。

 第二節においては『集験記』について検討した。そこで、「寂法師の験記」とは新羅僧義寂『集験記』と通説では考えられているものの、複数の疑問点も存在する点、そして『集験記』と鎮源『験記』に類似点は少ないものの、これをもって直ちに両者を無関係と断ずることはできない旨を述べた。

 第三節においては『伝記』について検討した。まず、同書が『験記』と明らかに関連性が想定されうることを先行研究の整理を通して示した。更に、その関連性の中でも、両書とも「逆縁」(順当ではない仏縁。謗法を契機とする仏縁など)への注目が見られる点が特に重要であると考え、検討を行なった。

 これらの検討によって『集験記』および『伝記』の重要性を示した上で、第四節では具体的に説話本文に即した検討を行なった。すなわち、両書から継承されたと考えられる説話類型「行者対決説話」(「法華行者と他経の行者との験力が比較され、前者の優位が決せられる」という話型)を題材とする考察である。これによって、『験記』における先行文献の受容の様相と、同書が提示する法華中心主義の特徴について検討した。

 第三章「慶滋保胤『日本往生極楽記』からの展開」では、『験記』と密な関係を持つ先行文献である『極楽記』を比較対象とし、考察を行なった。『極楽記』については、本章に先立つ第一章において、成立の状況などを視野に入れ、主に序文を比較することによって両書の類似点・相違点を検討したが、更に本章では、具体的に説話本文を比較検討し、そこから見えて来る『験記』の独自性について考察した。

 第一節で問題の所在と本章の概観を提示した上で、続く第二節では『験記』第二話「行基菩薩」の注記について、典拠たる『極楽記』第二話注記との比較を緒にしつつ、典拠にはない独自性(注記それ自体が説話としての骨子を備えており、鎮源による本書編纂の営為が霊験譚として語られている点)が見られる点について考察した。

 第三節では、『験記』第七話「無空律師」(『極楽記』第七話と同文話)と、その展開と推定される第三七話「六波羅密寺定読師康仙法師」を比較することで、鎮源がいかに『極楽記』を下敷きとしながら独自の法華説話集を作っていったか、加えて、そうして示された『験記』の独自性が、のちの説話伝播(『今昔』・『元亨』)にどのように継承されたか(され得なかったか)について考察した。

 第四章「源信伝の検討:第八三話「楞厳院源信僧都」を中心に」では、『験記』編者の鎮源が、恵心僧都源信(942-1017)に師事していた人物と目されている点に注目し本書収載の源信伝(第八三話「楞厳院源信僧都」)について検討した。

 まず第一節で問題の所在を示した後、第二節では第八三話全体を俯瞰的に見て、そこに描き出された源信像について、初期の源信伝である『楞厳院廿五三昧結衆過去帳』との比較を糸口として検討した。

 続く第三節・第四節では、第八三話に付された『法華経』関連のモチーフを検討することで、本伝の特性について論じた。

 まず第三節では、第八三話に見られる『法華経』妙音菩薩品第二四と関連のある記述について論考した。まず、同話が「転重軽受」の理論を用いながら源信の往生を証せんとした経緯を確認し、さらに妙音菩薩品と往生信仰の親和性について確認した。更にその上で、本話が依拠した妙音菩薩品は、前述の考察のように往生信仰と親和性を有しながらも、同時に娑婆浄土の思想を内包するものでもあったことを指摘し、本話が単なる往生伝の記述にとどまらない、新たな展開を見せている点について示唆した。

 続いて第四節では、同話中の一挿話、「源信が積年の法華功徳による兜率生天を拒否し、極楽往生を選択する」という挿話を考察の対象とした。まず、類似する先行の説話と本挿話との相違点を指摘し、次に、「『法華経』の功徳を転用し、弥勒菩薩の援助によって極楽往生する」という、『法華経』普賢菩薩勧発品第二八の所説(『法華経』の功徳による弥勒の加護)を独自に解釈した記述が見られる点について論じた。

 第五章「『法華験記』の異類功徳譚」では、『験記』の異類功徳譚について検討した。

 第一節では問題の所在と本章の概観を提示し、続く第二節では、『験記』の独自性と目されている、巻末に五話連続で異類功徳譚が配された構成について検討した。続く第三節・第四節は、『験記』異類功徳譚のうち、豊富な並行話を有し比較研究に適した第七八話「覚念法師」・第一〇六話「伊賀国報恩善男」を取り上げ、説話本文にそくした検討を行なった。

第六章「『法華験記』と普賢信仰」では、『験記』における普賢信仰に関連する説話について論じた。

 まず第一節では問題の所在と本章の概観を提示し、続く第二節では、『験記』収載の説話で普賢信仰と関連するものを網羅的に抽出した。その結果、『験記』中の多くの説話について、普賢信仰との関連が指摘され得るのであり、これが同書の看過すべからざる特性であることを確認した。

 第三節では、『験記』における普賢関連説話のうち、罪業の問題を説くものについて論じた。普賢信仰による滅罪は、法華懺法およびその典拠たる『観普賢経』に依るものである。しかし『験記』おいては、これら懺法・『観普賢経』は基本的に高次の行者のためのものと見なされる傾向にあった。そこで本書においては、『法華経』普賢菩薩勧発品の所説を援用することで、滅罪による救済を述べようと試みられている点を指摘した。

 第四節では、普賢説話の中で同一の類型を持つ「行者捕縛譚」(第二二、六一、七一、七二話)に見られる連続性を検討することで、『験記』(ひいては鎮源)の編纂意図とその特質について論考を試みた。

 第七章「後代への影響:宗性撰『弥勒如来感応抄』への書承」では、『験記』の後代における受容の様相について考究すべく、宗性の『感応抄』編纂における『験記』受容について検討した。まず第一節で問題の所在を示し、続く第二節では『感応鈔』の成立過程について、笠置寺をキーワードとして概観した。更に第三節では、宗性の用いた『験記』写本の系統について考察し、その引用の態度・特徴について検討した。

 以上の考察の結果を結論としてまとめた上で、最後に附篇として、義寂『集験記』の翻刻・訓読・現代語訳・語釈を付した。

 

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