聴覚における時間的な対応付けに関する実験心理学的研究

金谷 翔子

人間の知覚系においては,様々な感覚モダリティや感覚属性の情報が,ある程度独立に入力,処理されている。そのため,脳が一体感のある世界を知覚するためには,ばらばらになった感覚情報を正しく組み合わせる必要がある。独立に入力された複数の感覚情報や,独立な処理の出力結果を組み合わせることによって,何らかの知覚的経験を生じさせる神経系の働きのことを「対応付け」と呼ぶ。感覚情報間の同時性は,対応付けの重要な手掛かりと考えられる。本研究では,同時性に基づく対応付けがどのように行われているのか,調べることを目的とした。第1章では,まず,研究の背景と問題について論じた。

同時性に基づく対応付けには,時間的な限界(時間限界)があることが知られている。時間限界を測定することによって,対応付けを行う機構の時間特性を推定できると考えられる。様々な感覚情報間の対応付けの時間限界を説明するような一般法則を見出すことができれば,知覚系全体における対応付けの仕組みについて,理解が進むだろう。そのためには,様々な感覚情報間の対応付けの時間限界を,同じ課題,同じ指標,同じ参加者を用いて測定する必要がある。

これまでに,時間位相弁別課題を用いて,様々な感覚情報間の対応付けの時間限界が報告されている。位相弁別課題とは,二値の特徴の交替からなる刺激系列(e.g. A-B-A-B…,X-Y-X-Y…)を二つ同時に呈示し,系列間の位相関係(e.g. Aと同時に呈示されていたのがXかYか)によって定義される二つの状態を弁別させるものである。観察者が課題を安定的に遂行できなくなる限界の交替周波数のことを,この課題の時間限界と呼ぶ。これは対応付けの時間限界を反映するものと考えられる。

時間位相弁別課題はこれまで,主に視覚やクロスモダリティの研究において用いられてきた。その結果,大きく分けて二つの法則が存在することが分かっている。一つ目として,同じ視覚属性内の対応付け(e.g. 輝度-輝度)においては,比較的高い時間限界が観察される。また,その値は,刺激系列間の空間的な距離や,二つの刺激系列を構成する特徴の異同といったパラメータを変化させることによって,様々に変化する。二つ目として,異なる視覚属性間の対応付け(e.g. 色-方位)や,感覚モダリティ間の対応付け(e.g. 視覚-聴覚)においては,低い時間限界が観察される。また,その値は,視覚属性や感覚モダリティの組み合わせによらず,非常に安定している。一つ目の法則は,視覚属性内の対応付けが,低次の様々な専用機構において行われていることを示唆する。二つ目の法則は,視覚属性間,感覚モダリティ間の対応付けが,感覚モダリティをまたぐ高次の汎用機構において行われていることを示唆する。

同様の傾向が視覚以外の感覚モダリティでも観察されるなら,これらは知覚系全体の対応付けに当てはまる一般法則と考えられる。そこで,本研究では,時間位相弁別課題を聴覚に適用し,同様の傾向が聴覚でも観察されるかを検討した。視覚属性間,感覚モダリティ間の対応付けが,本当に感覚モダリティをまたぐ高次機構によって行われているならば,少なくとも二つ目の法則は聴覚にも当てはまると考えられる。視覚属性とは,色や方位のように知覚的に異質であるだけでなく,神経系においてある程度独立に処理されている視覚情報のことを指す。つまり,視覚属性間の対応付けとは,視覚系の中で独立に表現されている情報同士の対応付けと考えることができる。しかし,聴覚においては,音の大きさ,高さ,音色といった知覚的な属性が,必ずしも神経系において独立に表現されていない可能性がある。そのため,本研究では,視覚属性に相当する聴覚情報の単位として「聴覚クラス」を定義した。聴覚クラスとは,聴覚系において少なくとも機能的に,ある程度独立と考えられる機構によって処理される聴覚情報のことである。具体的には,音高の知覚に関わる二つの情報(場所情報,時間情報)や,音の大きさの知覚に関わる情報(聴神経発火頻度)が挙げられる。

第2章の実験1,2では,時間位相弁別課題が聴覚にも適用可能かを確認すること,および,一つ目の法則が聴覚に当てはまるかを調べることを目的とした。聴覚クラス内の対応付けにおいて比較的高い時間限界が観察されるか,また,その値が刺激のパラメータによって様々に変化するかを調べた。聴覚クラスとして,純音の周波数を用いた。視覚属性間の対応付けにおいて操作されていた刺激系列間の空間的距離や,二つの刺激系列を構成する特徴の異同は,低次の情報表現における刺激系列間の類似度と言える。聴覚において,これに相当するものは,刺激系列間の周波数距離や,呈示する耳(別耳/同耳)である。そこで,実験1では,刺激系列間の周波数距離が十分に小さい条件(近距離条件)と,十分に離れた条件(遠距離条件)を比較した。実験2では,二つの刺激系列を左右の耳に別々に呈示する条件(別耳条件)と,一つの耳に併せて呈示する条件(同耳条件)を比較した。実験の結果,時間位相弁別課題が聴覚にも適用可能であることが示された。実験1では,近距離条件において約18 Hzの時間限界が観察され,これは遠距離条件(約7 Hz)よりも高い値であった。実験2では,同耳条件において約30 Hzの時間限界が観察され,これは別耳条件(約 15 Hz)よりも高い値であった。これらの結果から,聴覚でも同じ属性内の対応付けにおいては,比較的高い時間限界が観察されることが分かった。また,その値は,刺激のパラメータによって様々に変化することが分かった。このことは,視覚属性内の対応付けにおいて観察される傾向と類似している。

第3章の実験3~5では,二つ目の法則が聴覚に当てはまるかを調べることを目的とした。実験3では,純音(場所情報,時間情報の両方),狭帯域雑音(主に場所情報),反復リプル雑音(時間情報)という三つのクラスを作成し,クラス内条件を一つ,クラス間条件を二つ設けた。また,先行研究の追試である視覚属性内条件,視覚属性間条件を設けた。その結果,クラス内条件(純音‐純音)では非常に高い時間限界(約20 Hz)が観察された。一方,クラス間条件(純音‐狭帯域雑音,純音‐反復リプル雑音)では低く,比較的安定した時間限界(約2.5~3.5 Hz)が観察された。実験4では,低次の手掛かりが利用される可能性をできる限り排除し,改めてクラス内/間の対応付けの時間限界を比較した。振幅(聴神経発火頻度),周波数(場所情報,時間情報の両方),F0(主に時間情報)という三つのクラスを作成し,全てのクラスを偏りなく組み合わせて,クラス内条件を三つ,クラス間条件を三つ設けた。また,実験4でも,視覚の先行研究の追試を行い,その結果,クラス内の振幅‐振幅条件を除く全ての条件で,低く,比較的安定した時間限界(約3~4 Hz)が観察された。振幅‐振幅条件の時間限界は若干高く,約5 Hzであった。実験5では,実験4で用いた三クラスの刺激系列における交替の顕著性を高めて,同様の比較を行った。その結果,振幅-振幅条件では約10 Hzに上昇したが,その他の条件では実験4とほぼ変わらない結果が得られた。

なお,実験3~5では,聴覚の条件のみならず,同じ参加者を用いて視覚の先行研究の追試を行い,先行研究と一致する結果が得られることを確かめた。このため,これらの聴覚の時間限界は,先行研究で報告されてきた視覚の時間限界と直接比較することができる。

実験3の純音‐純音条件や,実験4-5の振幅‐振幅条件においては,低次の手掛かりや,振幅と振幅の対応付けを行う専用機構が利用できた可能性がある。一方,その他の聴覚クラス間条件,および実験4-5の周波数‐周波数条件,F0-F0条件においては,低次機構は利用できなかったと考えられる。このような場合,対応付けの時間限界は,約2.5~4 Hzという,低く比較的安定した値になることが分かった。この値は,視覚属性間や感覚モダリティ間の対応付けにおいて観察される2.5 Hzよりも若干高いが,傾向は大筋で視覚と類似している。

第4章では,以上の結果が反映する聴覚系および知覚系全体の情報処理について,考察を行った。実験1~5からは,視覚やクロスモダリティの研究で報告されてきた二つの法則と一致する傾向が,聴覚でも観察されることが示された。まず,一つ目の法則が聴覚にも当てはまることから,聴覚属性内の対応付けが,様々な低次機構によって行われていることが示唆される。さらに,二つ目の法則が大筋で聴覚にも当てはまることから,主に聴覚クラス間の対応付けが,比較的高次の汎用的な機構によって行われていることが示唆される。この機構は,聴覚専用の高次機構とも,感覚モダリティをまたぐ高次の汎用機構とも考えられる。本研究では,低次から高次までの様々な対応付け機構の時間限界が示されたが,これは聴覚系の階層処理を心理物理学的に表現するものと考えられる。このような階層的な対応付けは,感覚モダリティによらない,知覚系の一般法則であると考えられる。

一覧へ戻る