日本文化における「面子」:その概念と心理的・対人的意義

林 純姫

近年、‘文化’という文脈において人々の心性に関する理論や法則を再構築する必要があるという認識が強まっている。本論文は、こうした立場から、面子という日本文化の固有概念に着目し、面子が日本人の心理及び対人行動において果たしている役割を実証的に検討したものである。面子は、個人が世間に対して与える公的印象を意味する日本固有の概念であり、日本人の日常生活の中で、誰もが関わりを持つものである。本論文は、この面子概念の意味をはじめ、個人が自分の面子をどう認知するか、面子に関わるどのような行動をするか、などを調べることによって、日本文化に特徴的といわれる対人調和の一側面を俯瞰することを目指した。
従来の研究は、ふつうの日本人の経験する面子を研究対象にするのではなく、西洋で考えられているface概念(faceとは他者の間に維持したいと思うような公的イメージである)の一つとして面子を捉えてきた。そのため、面子は日本人の社会的認知や対人行動を理解するのに重要な概念であると指摘されてきたにも関わらず、これまでの社会心理学は、日本の面子概念を軽視し、ほとんど実証的な研究の対象としてこなかった。さらに、既存の数少ない実証的研究においても、(1)他文化で定義されたfaceを日本人も経験する、という無理な仮定にもとづいている、という研究アプローチの不適切さの問題、(2)面子定義の曖昧さ、(3)社会心理学的アプローチからの検討の不足、の三つの問題点が存在しており、その結果、日本における面子および面子に関連するさまざまな対人現象の実態は未だ解明されないままである。
そこで、本論文は日本人にとっての面子概念及びその心理的・対人的意義を明らかにしようとした。具体的には、本論文では以下の4つの研究課題を設定し、一連の実証的研究によって、それらに対する回答を試みた。

最初の研究課題は、日本文化における面子とは何か、すなわち面子の概念を明確化することであり、質的及び量的研究手法の両方から、面子の概念化を試みた。まず成人及び大学生に対して、面子についての考え方を自由記述の形で調査を行った結果、日本の面子は他者に期待されるような社会的役割の充足に関する個人の公的イメージである、と定義できた(研究1)。この定義には、「果たすべき社会的役割についての他者からの期待」と「公的であること」という二つの要素が含まれている。そこで、この2つの構成要素をさらに質問紙実験によって検証したところ、社会的役割の関与と公的であることが面子成立の必須条件であることが確認された(研究2)。つまり、面子は個人の公的イメージであり、他者が存在するような社会的場面の中にのみ成立するものである。また面子は個人の社会的役割に随伴しており、役割達成の成否に応じて、個人の面子が保たれたり失われたりする。なお、この社会的役割の充足が面子に与える影響は、その役割に対する他者からの期待に媒介されていることも示されたことから、人々の面子は‘世間に期待されるように’役割遂行を成功させられるかどうかに依存していると考えられる。このように、面子を心理的概念として定義することによって、現実世界における操作及び測定が可能になり、以後の実証的研究の土台が確立された。

第二の研究課題は、面子に影響を与える要因を明らかにすることであった。そこで、面子の状態(つまり面子が保たれたりつぶれたりすること)に対する感じ方、すなわち面子認知、及び、面子に関わる対人行動、すなわち面子行動の二つに分け、それぞれの規定因を検証した。まず面子認知の規定因について、状況の正式性、他者との上下関係、および親密さをシナリオ実験において操作し、それぞれが人々の面子喪失認知に与える影響を検討した結果、状況の正式性の効果が有意となり、フォーマルな状況場面における役割達成失敗のほうがより面子を失うことが確認された。一方、他者との上下関係と親密さは、他の要因を統計的に統制した後にのみ効果が見られた。例えば、他者からの影響力を統制したときに、目下の他者の前での役割失敗の方が、また、状況の正式性を統制したときに親しい他者の前での役割失敗の方がが、面子喪失と認知されるのである。従って、面子認知における関係性要因は状況的要因よりも複雑に連動していると考えられる(研究3&4)。
次に、面子行動の規定因について、他者のために行われる利他的面子行動(他人の面子を守る行動)に着目し、現実的かつ継続的な対人関係の中で、人々の利他的面子行動の要因を検証するために、実在の2者関係に対してスノーボール手法を用いた調査を行った(研究5)。その結果、面子重要度信念が高いほど、他者が目上である場合、相対的勢力が強い場合、親しい仲である場合、そして近所の人である場合においては、その他者に対してより利他的面子行動を行うことが示された。従って、利他的面子行動は社会的規範に基づいた対人行動であり、個人の心理的要因よりも、その他者との関係性によって規定されると考えられる。

第三の研究課題は、面子が人々にもたらす心理的な影響を探索的に検証し、日本文化における面子の重要性を実証データによって示すことであった。そのために、まず日常生活において、自分自身あるいは他人の面子を経験することと日々の幸福感(psychologicalwell-being)との関係を日記調査で検証したところ、面子の心理的帰結について、次の3点がわかった:(1)自分自身の面子に関わる経験は基本的に不快感をもたらす、(2)人々の気分及び自尊心状態は面子が守られたかどうかによって左右される、(3)人々の気分は周囲の他者(特に親しい他者)の面子が守られたかどうかによって影響される(研究6)。
次に、本論文は対人的視点から面子の帰結を検討するために、前述と同様なスノーボール調査を行い、利他的面子行動が対人関係に及ぼす影響について調べた(研究7)。その結果、他者に面子を守ってもらった人は、その他者との関係性をより高く評価していた。さらに関係性の親密さと受け手自身の認知を統計的に統制しても、このような利他的面子行動の対人関係促進効果が有意に検出されたため、先行研究で指摘されているように、他者の面子に気遣ったり面子を立てたりするような対人行動は良好な人間関係を導く潤滑効果をもつことが明らかになった。このような心理的・対人的効果が存在することから、日本人にとって面子が重要であることが実証的に示されたと言えよう。

最後の研究課題は、面子と自尊心の違いを実証的に調べ、面子の概念的弁別性を確認することであった。そこで、三つの実験で人々の面子と自尊心の経験及び認知を比較したところ、面子と自尊心は実際の経験における社会的文脈関与の程度が異なることがわかった(研究8a、8b&9)。つまり、個人の社会的の役割充足に関する公的イメージである面子は、周囲に他者が存在するような社会的場面の中で問題になるのに対して、個人の内的自己評価である自尊心は、周囲に他者がいてもいなくても、自らの自尊心が問題になるのである。また、面子と自尊心それぞれに関する認知を比較してみると、社会的状況ではない場面(例えば、独りでいるとき)において、両者の違いがより明確に示された。さらに、面子と自尊心はそれぞれに対する感情的反応が異なることもわかった。人々が実際に自らの面子もしくは自尊心が問題になった際の感情を調べたところ、面子のほうが自尊心に比べて、より不快な感情反応が検出された。また、面子と自尊心に関連する感情の種類が異なることから、面子と自尊心が人々の心性おいて異なった機能を果たしていると考えられる。一方、面子と自尊心の間には類似点も存在しており(例えば、社会的役割遂行の成否の影響)、測定上両者を完全に分離することが難しい側面もある。しかし、両者の間には明確に異なる側面が存在することが示されたので、独立した一つの心理的概念として、面子を自尊心とは区別して研究する必要があると考えられる。

本論文で報告した諸研究の成果は、次のようにまとめることができる。まず、本論文のもっとも重要な成果は、面子の概念を日本文化にそくして明確化したことにある。これは、類似の概念であるfaceを所与のものとして扱わず、あくまでも日本文化における面子の概念を独自に掘り下げた結果である。これまでのわが国における社会心理学的研究では、欧米での定義が無批判に採用されることが一般的であったが、本論文の成果は、こうした研究姿勢に疑問を投げかけるものである。さらに、一般に認識されている面子が日本人の心性の中でどのように機能しているかを組織的に検討することによって、日本文化における対人関係のあり方に関する知見を提供した。例えば、面子の重要性、面子に関連した行動における社会的規範の関与、そして他者の面子を保つことの対人促進効果などがそれにあたる。このように、本論文の知見はすべて実証的データに基づいたものであり、面子に関する理論と現実との間の不一致を解消することが出来たことも成果としてあげることができる。
最後に、本論文の限界及び今後の研究課題を提示する。まず本論文では面子という概念の多様な側面をすべて検討したわけではない。たとえば、「日本人としての面子」などの集合体としての面子は、本論文ではとりあげられていない。また、本論文の面子に関する知見は、日本文化に固有で他の文化では見られないものなのか、それとも他の文化においても見られる普遍的なものなのか、という問題の解明も今後の研究に待たなければならない。日本での面子に関する理論の精緻化を行い、面子および関連概念の文化共通の側面あるいは文化固有の側面を明らかにする必要がある。こうした研究の成果は、将来、異文化交流の分野(例えば異文化間の衝突回避、国際企業の現地融合など)においても、実践的な貢献をすることができるであろう。

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