11・12世紀におけるフランドル伯の尚書部

青山 由美子

本論文は、11世紀半ばから12世紀半ばまでのフランドル伯の尚書部を議論の対象とする。現在のベルギー北西部に相当するフランドル地方は、当時、世俗君主フランドル伯によって統治される自立した領邦、すなわちフランドル伯領であった。この自立性をもたらした要因のひとつは、当時の西欧の中でも領邦としては最も早くから高度に発達した行財政組織で、その中核が尚書部であった。
現在まで伯の尚書部研究を主導してきたベルギーの研究者たちは、尚書部の発達の延長線上にいわゆる近代的官僚制を見通し、その萌芽が小国としてはいち早く自国に芽生えていたことを高く評価する。ゆえに、彼らの関心は、専ら12世紀後半の尚書部の最盛期に集中している。
この偏りを是正するため、本論では、従来軽視されてきた最盛期以前の時期を対象に、伯の尚書部がどのような役人たちによって構成されていたのか、伯領統治のために彼らはどのような役割を果していたのかを明らかにしようとした。
この2点について、従来の通説は次のような図式を描いている。まず、人的構成の面では、最上位役人が下位役人たちを率いる2層のピラミッド型の枠組みが保たれた。この枠組みは変わらないまま、役人の人数や役職の種類といった内実の方は時間の経過とともに充実し秩序立てられていった。それにつれて、尚書部の役割も、当初の限定された役割から完成された尚書部が果たすべき役割へと近づいていったと言う。
しかし、伯の証書を中心とする現存史料から得られる情報を再分析してみると、このような通説をそのまま受け入れることはできないことが明らかになった。本論文は、その分析結果を次のような構成のもと示すものである。尚書部を構成する役人たちを、最上位役人、中間役人、および下位役人の三層に分け、それぞれ論文の第1部、第2部および第3部において、先述の2つの論点について情報を総合し通説の問題点を修正していった。特に中間役人の存在とその重要性は、本論文によってはじめて解明された。
最終的に、各層の分析結果を総合した結論としてまず明らかになったのは、伯の尚書部が、通説に反して、実は4つの段階を経ながら人的構成の面で次々と異なる特徴を獲得していったことである。尚書部の3つの層は、互いに連動しながら変化をくり返していたのである。ゆえに、11世紀半ばからの約1世紀間は、次のように4つの時期に区分される。
尚書部全体の人的構成は、第1期には2層のピラミッド型、第2期後半にはブルッヘ以外のプレポジトゥスが中間役人を務める3層構造、第3期後半には最上位役人に直属する秘書官が中間役人を務める3層構造、そして第4期にはひょうたん型と、4段階をふんで変化していくのである。
さらに、尚書部の果たす役割についても、通説のいうように尚書部の主要業務が常に証書発給であるとは言い切れない。むしろ、証書発給、財務および統治のサポートという3つの業務を状況の変化にあわせて遂行し総合的に伯の統治システムを支えることが尚書部の役割であったことが明らかになってきた。人的構成と異なり、この役割は、いずれの時期においても時々の政情にあわせて微調整されていた。
このように、1世紀の間に、尚書部の人的構成も役割も、尚書部を取り巻く状況に対応してきめ細やかに変容をくり返していった。その変容は、通説のイメージするような12世紀後半の最盛期へと一直線に右肩上がりに発達していくプロセスの産物ではない。したがって、通説をささえる問題意識そのものが根本から問い直されなければならない。
より具体的な政治史の文脈に戻るならば、この1世紀というのは、フランドルという地域に存在する様々な政治勢力を、領邦君主として伯が統合しようと試み続けた時期であった。特に12世紀初頭の混乱期には、都市やフランス王といった新たな政治勢力の参入を受けて、伯領の政治構造が大きく転換し始めた。そのような時期に、尚書部は、伯による統治が、伯領内外の阻害要因によって動揺しないよう歴代の伯を支え続けた。伯が伯であるために、尚書部による通常の行財政業務の着実な遂行および非常時の業務として統治のサポートが不可欠であったのである。

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