本論文は、日本におけるコンパニオン・アニマル(家庭で人間の伴侶として飼われるペット;以下「CA」)が持つ、人々の社会的相互作用と精神的健康に与える影響を実証的に検討したものである。その際特に、CAを飼い主のソーシャル・サポート・ネットワークを構成する一成員として位置づけるとともに、さらに両者に対する非飼い主からの反応も含めたマクロな視点からの分析を試みた。
近年、日本においてCAへの関心が高まっている。その背景には、少子高齢化、生涯未婚者や子どものいない夫婦の増加に見られる家族規模や構造の変化、ならびに、都市部に著しい地域社会の崩壊の中で、従来家族を中心として構成されてきた人々のソーシャル・ネットワークの基盤が弱化していることがあり、人々は、これまで他者から得ていた様々なサポート源としての役割をCAに求めているといえよう。たしかに欧米の先行研究では、CAも人間と同様に、飼い主の心身の健康や対人的交流を向上させる機能を持つことが見出されてきた。では、日本のCAもまた、欧米と同様の効果を持つのだろうか。しかし日本においては、これまでCAのこうした効果に関するシステマティックな実証研究はほとんどなされてこなかった。欧米との社会・文化的背景の違いや、CA飼育の急増に伴う社会問題などを考慮すると、必ずしも同様の効果があるとは限らない。以上をふまえ、本論文の目的を、日本のCAもまた、欧米と同様の効果を持つのか否かを実証的に探ることとした。
その際本論文は、社会心理学におけるソーシャル・サポート研究の枠組みを導入し、CAを、飼い主のソーシャル・ネットワークの一部を占め、様々な情緒的・道具的サポートを与え、そして精神的健康を左右したりソーシャル・ネットワークを媒介したりしうる「他者」として捉えるアプローチを採用した。更に、やはりこのネットワークの中に位置づけられる非飼い主からの視線も分析対象とした。この理論枠組みの導入により、従来の多くの研究のように飼い主側の認知のみに基づいてCAの効果を検討するのではなく、彼らを取り巻く社会に住む人々からの認知や、そうした人々との相互作用をもまた分析対象とすることが可能となった。
一連の実証研究では、まず、探索的に行ったランダムサンプリング調査から、CAへの絆が強いほど主観的幸福感が低い負の関連が見出された(研究1)。これは、「CAとの絆が強い(態度が好意的である)ほど精神的健康が高まる」というこれまでの欧米の結果とは大きく異なるものであった。そこで以下の研究(研究2~6)では、インタビュー調査、実験、およびランダムサンプリング調査の複数の方法を組み合わせながら、なぜこのような負の関連が見られるのかについて、CAとの絆の再検討を行った上で、そのプロセスを詳細に検討することにした。その結果、これまで“強い”~“弱い”の一次元でしか語られてこなかった人とCAとの関係には、「基本的絆」と「依存的絆」の2次元存在すること、そして、それら2種類の絆が飼い主の精神的健康や社会的相互作用に対して異なる影響を及ぼすことが明らかになった。すなわち、「基本的絆」(CAから安らぎを得ると同時に、飼育に対する責任を持つという関与のあり方)は、その強さを増すほど1)CAからのサポートが増加し、また2)対人サポートが増える、との二つのパスを通じて結果的に飼主の精神的健康を高める。また、基本的絆は高くても、CAに対する躾が甘くなることはないため、他者からの否定的な反応にはつながらない。一方、「依存的絆」(CAを親しい人間の代わりとみなし、かつCAに精神的にコントロールされるような関与のあり方)の場合は、それが強まるとCAの躾が甘くなり、周囲の他者からの否定的な反応を引き起こす結果、対人ネットワークが狭まることにつながる。さらに、依存的絆が強いほどCAを介したネットワークは広がるものの、そのネットワークからのサポートは他のネットワークからのサポートに比べて小さく、精神的健康の増進にはつながらないことや、依存的絆が「ペットが社会的に受け入れられていない」という認知に繋がり、それが主観的幸福感を低下させることもまた明らかになった。換言すると、日本のCAの飼い主たちは、欧米とは異なり、CAとの関係が強く深くなれば必ずしも単純に幸福になれるわけではないこと、その原因の一つがCAに対する依存的絆にあることが示されたのである。
最後に、今後の検討課題として、縦断的研究を行いCAに対する絆と精神的健康の因果関係を特定することや、依存的絆の汎文化性と文化特殊性(規定因を含む)の検討を挙げた。