本論文の目的は,小集団活動が日本で誕生し,普及した要因を探ることにある.小集団活動は,日本で誕生し日本企業(おもに製造業の技能者)を中心に普及してきた,問題解決活動である.小集団活動は1970年代から80年代にかけて注目を集めた.技能者による問題解決活動は海外で見られなかったからである.
欧米ではF.W.テイラーの提唱した計画と実行の分離の原則に基づき,技能者の労務管理がおこなわれてきた.技能者を製造作業に専念させ,彼らに計画立案や改善に関わる業務をさせてはならない,とする原則である.作業の効率性向上を目的とした原則だったが,労働疎外をもたらす要因であるとして批判されてきた.
計画と実行の分離の対概念が計画と実行の統合である.小集団活動における技能者の問題解決活動は,計画と実行の統合の具体例である.なぜ日本の小集団活動で計画と実行の統合が可能になったのか,なぜ日本で長い期間にわたり小集団活動が受容されてきたのか,それを検討することが本論文の課題である.
小集団活動は品質管理の普及過程で誕生した.小集団活動では品質管理に由来する簡便法が使用されている.しかし技能者が実施する問題解決活動は,技術者の実施する品質管理活動と同じではない.何種類かの簡便法から構成される,いわば簡便法のパッケージ化が,小集団活動における計画と実行の統合を可能にしている.日本に品質管理が導入された当初,その担い手は技術者であった.技術者を対象にした品質管理教育は難易度が高かった.品質管理の担い手が拡がるにつれ,教育カリキュラムに占める簡便法の比重が高められてきた.
簡便法が使用されているとはいえ,技能者による問題解決活動は技術者の領域への一部乗り入れである.技術者の業務や知識を技能者が受け入れるためには,技能者がそれらに信頼を置くことが前提条件である.1950年代前半までの技能者は,技術者の業務や知識が製造作業にとって役に立たないと信じていた.また,技術者と技能者とのコミュニケーションは,両者の領域が画されていることによって成立していた.互いの領域に関する情報を交換するという意味では,コミュニケーションが円滑だったとはいえない.
小集団活動の普及以前に見られた計画と実行の分離こそが,簡便法のパッケージ化が受容されるための前提条件である.1950年代後半には,それ以前に見られた経験や「カン」を完全に払拭し,計画と実行の分離にしたがって作業に従事することが,一般技能者に求められるようになる.計画と実行の分離によって涵養された設計図面や作業方法の遵守,データや計測の尊重は,その後の小集団活動にも継承された.小集団活動の問題解決活動は,作業方法の遵守を前提とし,データに基づく思考を重視している.また,簡便法のパッケージ化そのものに,計画と実行の分離が含まれている.問題解決手法の選択と求められる問題解決水準が,すでに与えられている.
小集団活動は長い期間にわたって日本企業に受容されてきた.しかしこのあいだに,小集団活動の性格は変化してきた.経営ニーズに適応するよう変化してきたことが,小集団活動が日本で長く受容されてきた要因である.
ある工場の小集団活動では1970年代,定常的業務の直接的改善を目的とする活動は少なかった.それが小集団活動に強く求められるようになるのは,1970年代後半以降である.また,改善成果を定常的業務に定着させるよう強く求められるのは,1990年代になってからである.具体的には,作業標準書・作業指示書の作成や改訂,チェックシートの作成,歯止めの考案を指す.小集団活動は定常的業務との結びつきを強めてきた.
問題解決手法の面でも小集団活動は変化してきた.同工場における1970年代の小集団活動では,問題解決手法はあまり用いられていなかった.問題解決手法の使用が一般的になるのは,1980年代になってからである.全体的な傾向として,小集団活動で使用される手法の種類は増加していった.またサークル間で,使用手法の種類数のばらつきが小さくなっていく.問題解決手法の面だけでなく,問題解決手順の標準化が進んだためである.定常的業務への直接的改善や,改善成果の定常的業務への定着も,問題解決手順の標準化によるものである.
簡便法のパッケージ化だけで,日本で小集団活動が誕生し普及した要因を説明できるわけではない.ほかの要因として普及機関や技術者の役割,経済環境の変化,日本における監督者と一般技能者のキャリアの連続性,日本の技能者のゆるやかな職務区分,工職身分格差撤廃,事務系・技術系従業員と技能系従業員の処遇体系の一本化を考慮する必要がある.