観光の政治学 ―戦前・戦後における日本人の「満洲」観光

高 媛

本論では、帝国・近代・観光という三者の関係に迫り、日露戦争終結の翌年(一九〇六)から現在に至るまでの、戦争や植民地支配の歴史と関わりの深い、「満洲」への日本人の観光に焦点を当て、「帝国圏」の膨張と崩壊に伴う「観光圏」の伸縮過程を辿りながら、観光という「磁場」で錯綜する複数の権力の伝達回路を浮かび上がらせ、「観光を取り巻く政治」と「観光の生み出す政治」の両面を明らかにしていきたい。
本論は、序章と終章を除き、第一部(第一章から第四章まで)と第二部(第五章から第八章)の二部・八章の構成となっている。第一部と第二部は満洲事変を境に、時系列に沿って議論を展開する。
まず、序章においては、先行研究を検討し、日本人の満洲観光を「帝国圏」と「観光圏」との関係のなかで検討する視座を示す。
第一部第一章「満洲観光の前史」では、まず、東清鉄道の敷設によって大きく転換された、日露戦争前までの満洲イメージの変遷を辿る。そして、日露戦争中の観戦旅行と、戦争直後に着手された「満韓利源調査」の経緯を明らかにする。
第二章「満洲観光の誕生」では、日露戦争終結の翌年(一九〇六年)に焦点を当て、東京大阪両朝日新聞社主催の「ろせった丸満韓巡遊」と、陸軍省・文部省共催の満洲修学旅行を取り上げ、「戦争が生み出した観光」という満洲観光の特殊な性格を浮かび上がらせる。
第三章「満洲観光の担い手」では、満鉄や、満蒙文化協会、ジャパン・ツーリスト・ビューロー大連支部といった在満観光機関の取り組みを解明する。具体的には、これらの機関が手がけた文化人の満洲旅行に焦点を当て、権威的な満洲想像の生産システムを明らかにしながら、「国民の義務」として満洲観光を意味づける在満日本人のまなざしに迫る。
第四章「満洲観光の興隆」では、遊覧券と観光日程を手がかりに、観光空間の形成と変
遷を概観し、関東大震災以後に出現した満洲ブームと、一般団体ツアーと学生団体ツアーの実行システムを明らかにする。
以上、第一部では、日露戦争から満洲事変前にかけて、満洲観光の誕生と発展の経緯を
跡付けながら、軍部、在満観光機関、文化人など多様な「代理ホスト」の参与を明らかにした。続く第二部は、満洲国時代の観光の国策化と終戦後の満洲観光の行方を追う。
第五章「『観光楽土』としての満洲国」では、まず、満洲事変後に起った熱狂的な観光ブームを取り上げる。次に一つの事例として、満洲建国の年に行われた、早稲田大学一年生の旅行手記を題材に、ゲストのまなざしを分析する。最後に満洲国時代の観光機関の拡充と統制に焦点を当て、観光が国策化される過程を辿る。
第六章「『楽土』を走る観光バス」では、満洲国建国後六大都市で相次いで発足した観光バスを取り上げ、満洲がいかに「観光楽土」として見せられていたのかを再現する。
第七章「もうひとつの代理ホスト」では、内地における一九三〇年代の「国際観光」政策の展開に焦点を当て、日本(内地)と「外地」、「欧米先進国」と「東洋の弱小国」の間に繰り広げられた複数の観光の流れを交差させ、折り重なる「帝国圏」と「観光圏」の関係を明らかにする。
第八章「『帝国後』と満洲観光」では、満洲帝国崩壊後、満洲引揚者の間で発酵していた「満洲望郷」の念が、日中国交正常化後、満洲ノスタルジア・ツアーを生み出した経緯を辿り、観光の場で顕在化した日中双方のまなざしの揺れとねじれを考察する。
終章では、以上の議論を総括する。

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