本稿の主な研究対象は洪秀全・崔濟愚・中山みきの神秘体験である。洪秀全は清末の拝上帝会という秘密宗教結社の指導者であり後の太平天国の「天王」である。崔濟愚は朝鮮の新宗教「東学」の創始者でありいわば東学農民運動に多大な影響を与えた人物である。中山みきは近代日本の代表的な新宗教である天理教の教祖である。
「神秘体験」は、キリスト教における不思議な現象を説明するために、西洋で盛んに用いられた言葉である。東アジアには近代の諸学問とともに紹介されて来ているが、いまだ親しまれていない用語である。小論では、こうした概念を、19世紀東アジアの思想と文化を理解するために、一つの方法として採用している。
本稿において神秘体験は、研究の対象でもあり研究の方法でもある。東アジア新宗教、とりわけ拝上帝会・東学・天理教の各教祖の「神秘体験」を分析するという意味において、神秘体験は研究対象である。ところが、彼ら三者の神秘体験を通じて、三者の思想と三者が創始した宗教を理解しようとする意味において、神秘体験は研究方法にもなっている。
第1部「神秘体験の背景-三者の生涯と社会-」は、神秘体験の背景を中心に、洪秀全と中国社会、崔濟愚と朝鮮社会、中山みきと日本社会をそれぞれ検討した。この部は、小論全体の序論的な部分で、洪秀全ら三者の生涯を概観しながら、神秘体験の原因や背景、そして三者の社会との関わりを探ってみた。三者の神秘体験はその背景として、個人的な不幸の側面の他に、社会的に様々な危機的状況が挙げられる。例えば、自然災害・政治の乱れ・既成宗教の衰退などである。ところが、19世紀に生きていた彼らにとっては、西洋人の東アジアへの進出も、大変重要な背景として挙げることができる。
第2部「三つの神秘体験-文献的考察-」では、まず洪秀全の神秘体験をその解釈の歴史的側面から考察した。次に崔濟愚の神秘体験を、「神秘体験は2回も起こりうるのか」という疑問を提起し、崔濟愚の『乙卯天書』の体験と1860年の神秘体験が二つの異なる体験ではなく、一つの体験の異なる説明である可能性を指摘した。中山みきの神秘体験は、「体験していない神秘体験」として理解し、彼女の体験が持つ特異な性格を考察した。この部での神秘体験についての考察は、一つの体験に対する複数以上の記録を相互比較しているという点において、研究方法上、重要な特徴がある。また、次の第3部、4部、5部の考察に入る前に、三者の体験に関するテキストを紹介・評価し、整理するといった役割もある。
第3部「シャーマニズムからみる三者の体験」では、まずシャ-マンとしての三者の様子と、今までの研究者の指摘を紹介した。そして「聖なる出会い」というタイトルでトランスの類型からみる三者の思想を検討した。洪秀全の神秘体験は脱魂型のトランス体験として、崔濟愚は憑感型憑依体験として、中山みきは憑入型憑依体験としてそれぞれ理解することができる。次に「聖なる存在」について、すなわち三者が出会った神的存在について、シャーマニズムの多神論的観点から考察した。最後は神からの贈り物を、シャーマニズムからみる三者の悟りという側面から分析した。洪秀全は剣や印綬を、崔濟愚は呪文や霊符をそれぞれ神から貰う。一方中山みきは、神がかりの体験によって自らが神になっていたため、聖なるモノは貰っていないが、後に自らが神として必要なモノを作り出している。いずれにせよ、彼らの聖なるモノは精神的悟りの物的表現としても理解できる。
第4部「精神病理学からみる三者の体験」は、シャ-マンについての精神病理学的報告や三者に関する既存の研究成果を根拠に彼らにおける病的傾向とその思想との関連性を考察した。まず洪秀全の緊張型分裂病的傾向を、次に崔濟愚の妄想型分裂病的傾向を検討した。そして中山みきを多重人格という精神病理から考察した。三者の思想および宗教は、三者のこうした精神病的傾向から強い影響を受けて形成されたものである。精神分裂病や多重人格についての理解を通じて、三者の思想や宗教をより深く理解できると思われる。
第5部「空間からみる三者の思想」では、まず家や村など現実の空間と神秘体験を通じて体験した聖なる空間とを対比してみた。洪秀全の聖空間は、天界にあり客家の村の構造と類似する。崔濟愚の聖空間は自らが住んでいた龍潭がそのまま聖なる空間になっている。中山みきは自分の「たいない(胎内・体内)」が聖空間として認識される。次に三者の空間認識を聖なる空間の変化という観点から考察したが、洪秀全の聖空間は分裂の傾向が、崔濟愚の聖空間は消滅の傾向が、中山みきの聖空間は拡大の傾向が見られる。最後に三者における世界と国家の空間的イメージを分析した。洪秀全の空間は分裂から統合へ、崔濟愚の空間は消滅から復活へ向かう空間である。中山みきの空間は拡大し続ける空間のイメージが強くあらわれている。