古代ローマ時代の古文献史料には、ロドス島の彫刻および彫刻家の名がしばしば言及されている。紀元前4世紀後半にはリュシッポスが、彼の最も素晴らしい作品である『太陽神の四頭立て馬車』をロドス人たちのために制作した。リュシッポスの弟子であるロドス島リンドス出身のカレスは、後に世界七不思議のひとつにも数えられることになる雲を突くような巨像『コロッソス』を建設した。そのほかにも数多くの大彫刻がこの島には満ちており、紀元後1世紀においてもなお、3000体以上の彫像が都市ロドスを飾っていたという。またプリニウスは、3人のロドス人彫刻家の手になる『ラオコーン群像』を「絵画であろうがブロンズ彫刻であろうが、ほかのどのような作品よりも勝っている」と絶賛し、特にその「ひとつの石から」像を彫り出す技術に驚嘆している。こうしてロドスは、たぐいまれな技術を有した彫刻制作の中心地として、後世の人々の脳裏に刻み込まれる。
古文献の中でのロドス彫刻があまりに輝かしい扱いを受けているがゆえに、研究者たちの中にはロドスがヘレニズムの彫刻の発展において指導的役割を果たしたと考える者もいた。彼らによれば、ヘレニズム時代にロドスは周辺諸国に先駆けて高い彫刻技術を獲得し、「ロドス派」と呼ぶべき彫刻家の流派を形成していたことになる。
その一方で、近年の考古学資料を最重視するアメリカやデンマークの研究者たちは、まったく異なるロドスの姿を提示する。ロドスは小アジア沿岸一帯を含む文化圏の中に位置しているが、その彫刻は同じ文化圏内の彫刻から特に傑出しているわけではない。ロドスを特別視する根拠は何もない。ロドスの彫刻工房は、小アジア沿岸文化圏の中の一工房にすぎない。これは、ロドスにおける彫刻活動の一側面を言い当ててはいる。しかし、すべてではない。
ここでまずはっきりさせておかねばならないのは、ヘレニズムという国際化された社会における「流派」という言葉の意味である。もしこれが、ひとつの国あるいは地域の中にのみ特別に認められる技術的、様式的、あるいは彫像タイプ上の特徴を意味するというのならば、ヘレニズム世界にそもそも独立した流派など存在し得ない。
現代世界を例にとって考えてみよう。個々の芸術家たちは国外で修養を積むこともあり、国外で活動を続けることもある。国としての様式などはもはや存在しない。それでも、いくつかの都市、いくつかの国は、芸術の中心地として人々を集め、そこには画商、顧客、芸術家を含めて、ひとつの「美術界」とでも呼ぶべきサークルが形成されている。たとえ様式上の接点は無くとも、そこにはひとつの共通した興味、共通した嗜好、共通した美意識といったものが存在し、集まる人々はそうした目に見えない枠組みの中にはまりこんでいる。
もし、ロドスの彫刻を他の国、他の地方の彫刻から区別できるならば、その枠組みを定義していたものは何だったのか。ロドスの彫刻は一体どのような総体を形成していたのであろうか。
当博士論文の目的は、ロドス島の彫刻に共通する様式を追求することでもなければ、小アジア沿岸部と近隣諸島という地域の様式の中にロドスの彫刻を埋没させることでもない。彫刻の復元や様式論にばかり拘泥することなく、ロドスの彫刻がどのような要因によってどのようなまとまりを形成し、それが古代の人々によってどのように捉えられていたか、これを探ることにある。そのためには、ロドス出土の彫刻、ロドス外から出土したがロドスにおいて制作されたと確定できる彫刻群の調査のほかに、ロドスの彫刻について記した古文献の記述およびロドス人彫刻家の名を刻んだ一連の碑文、これらのすべて局面における検討が必要となる。よって本論では、第1章から第3章で彫刻作品の研究を、第4章と第5章で彫刻家を研究する。
まず第1章で古文献がしるすロドス島に存在していた名高い彫刻を扱い、第2章では碑文や古文献などによって作者の名前が知られているロドス人彫刻家の作品に考察を加える。第3章は、作者の名が知られていない、ロドス島からの出土作品の検討である。このように多方面から「ロドス島の彫刻」に光をあて、ロドス島での外国人の作品、ロドス島でのロドス人の作品、島外でのロドス人の作品の区別を試みることで、ロドス島に形成されていた彫刻工房の特色とその変遷を追う。
彫刻作品から推定されるこうしたロドス島の彫刻活動状況は、碑文に残された有名、無名の彫刻家たちの制作活動の跡によって確認することが出来る。第4章ではロドスで活躍した外国人彫刻家を、第5章ではロドス人彫刻家を扱うが、それを通して、外国人とロドス人という区分の流動性を示す。
そして最後に、ロドスの歴史を概観し、その中に論文によって得られた事実を位置づけ、ロドスの彫刻という総体がどのように形成され、発展し、衰退したか、その変遷をたどる。これにより、ロドスの彫刻というひとつのまとまりをつくりあげた様々な要因が明らかとなろう。