空間関係の視覚情報処理とその脳内機構

大久保 街亜

視知覚は,反射光や放射光から物体や出来事に関する情報を抽出し,それらに関する知識を獲得するプロセスであるこれまでに光情報の抽出,あるいは,獲得された知識それぞれに焦点をあてた研究は数多く行われてきた.しかし,それぞれの過程が視知覚という一連の情報処理のなかでどのように関わるかほとんど検討されてこなかった.本論文は,外界の物理情報から,視覚的な知識が獲得される情報処理の流れを解明するものである.視覚的な知識に関わる情報として,コーディネイト空間関係に焦点を当てた.コーディネイト空間関係とは,対象間の位置関係を数量座標の上で詳細に記述するものである(例:2cm離れている).この情報は,物体の認識,空間の認識の基礎となるものだと多くの研究者は考えている.本研究では5つの実験から,コーディネイト空間関係が,明暗の単純な繰り返しである空間周波数からどのようにして実現されるか検討した.また,2つの実験から,コーディネイト空間関係処理に関わる脳内領域を調べた.
実験1-3では,コーディネイト空間関係が右半球で優位に処理されることを利用した.これらの実験では低空間周波数の除去により,コーディネイト空間関係処理の右半球優位が消失することが示された.これは,コーディネイト空間関係処理の右半球優位が低空間周波数の処理に依存することを示すものである.この結果は「粗い符号化機構」を想定することにより整合的に説明された.粗い符号化とは,コンピュータシミュレーションの分野で発展した概念で,低空間周波数情報のような低い空間解像度の情報を組み合わせることにより,高い空間解像度の空間記述を実現するものである.コーディネイト空間関係は,位置関係を詳細な数量座標で記述するものなので,粗い符号化によって空間解像度の高い詳細な位置情報を実現していると考えられた.
実験4,5では,実験1-3で明らかになったコーディネイト空間関係と低空間周波数の関係が,心的イメージに対する空間関係処理にも適用できるか検討した.低空間周波数処理機構の生理学的実体である大細胞経路を抑制すると,実際に視覚像を見ているときと同様,対象をイメージしているときにもコーディネイト空間関係処理が阻害された.この結果から,実験1-3で明らかになったコーディネイト空間関係と低空間周波数の関係が,心的イメージに対する場合にも適用できることが示された.心的イメージは内的に保存された知識から生成される視覚表現である.このような知識への依存度が大きい処理が.外界の物理的な情報である空間周波数の処理に依存することがわかった.
実験6,7では,fMRIを使いイメージと知覚のコーディネイト空間関係処理に関わる脳内領域を調べた.議論の余地はあるが,右の頭頂領域が重要な役割を果たしていること示唆され,しかもイメージと知覚のときに関与する領域は重なった.これらの結果は,コーディネイト空間関係処理の脳内機構に示唆を与えるとともに,実験4,5で示されたイメージと知覚の共通性を裏付けるものであった.
全体的考察では,これらの結果を統合的に説明する情報処理モデルを提案した.モデルでは,コーディネイト空間関係処理が,低空間周波数を利用した粗い符号化に依存することを示した.また,モデルで提案された情報処理は,心的イメージのような知識から表現される視覚表現にも適用されることが示された.
本論文では,空間関係と空間周波数の処理に存在する因果関係が実証され,それを整合的に説明するモデルが提案された.この研究により,異なる文脈で議論がなされてきた空間関係と空間周波数が結び付けられ,初期から高次へ連なる情報処理の流れが解明された.すなわち,本研究により,空間周波数という外界の物理的な情報を,空間関係という知識に関わる情報へ変換する過程が明らかになった.

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