源氏物語形成論

松岡 智之

本論文は、『源氏物語』の作品形成を、表現された作品世界と文学史・思想史・政治史等を含む広い意味での文化史的背景との関係から解明したものである。論文の構成は、四部に分けて配した十編および付論一編の計十一編の論考からなる。
第一部では作家と作品の関係を論じた。作者紫式部は越前守等を勤めた藤原為時の娘であるが、不遇意識や社会への批判精神を有する「受領」の娘であったことが『源氏物語』執筆にとって重要であったと説くのが従来のいわゆる「受領の娘論」であった。しかし、作中人物空蝉の身の程意識や蓬生巻のあり方、また明石入道の反受領的というべき人物造型等を検討すると、作者紫式部が父親たちの苦悩を理解しながらも、物語制作の次元では彼らに単純に共感・同情するのをやめたところで成り立つのが『源氏物語』であるとわかる。そうした物語作家紫式部の誕生において最も重要なことは、尊貴さを体現する主人公光源氏の創造であった(第一章)。
第二部では中国文化との関わりを論じた。光源氏の母桐壺更衣の美貌は、中国を代表する美女楊貴妃のような美を備え、その上「なつかしうらうたげ」である点で一際まさると語られる。こうした女性美形容表現は、書道・絵画・彫刻等の領域において、中国文化受容の上に「和様」が成り立つことと軌を一にする。桐壺巻には宇多帝の名が二度あらわれ、物語の時代が宇多帝直後に設定されていることをうかがわせるが、史上の寛平期は対新羅の恐怖が神国意識を培養し、結果的に逆に中国に対する優位の意識にまで至った時期であった。桐壺更衣の美の形容は、作者が中国文化の優秀性、和漢の文化が混沌とした現状のなかで日本人にとっての親和性の美を主張し得る時を宇多直後に見定めることによって成り立つ表現である(第二章)。また、少女巻で秋好立后前に語られる光源氏の子息夕霧の大学寮入学は、漢学・大学寮の隆盛を導き、物語の冷泉朝盛代の質を決定したが、そこでは文章経国の理想を体現したとされる史上の嵯峨朝や、文人菅原道真を抜擢して藤原氏に対抗させた宇多朝のあり方が踏まえられていた。光源氏の漢学重視策は、藤原氏を凌駕して栄華を築く物語が、虚構でありながらも作品世界内での確かさを持つ上で重要な要素である(第三章)。
第三部では、作品内への仏教思想の導入によって形成される作品世界のあり方を論じた。光源氏の後半生の物語で語られる、女三宮の出家とそれ以後の彼女のあり方には浄土三部経の一つ『観無量寿経』が踏まえられていると考えられる。女三宮は仏道への専心において出家の力を体現するが、女三宮と向き合う光源氏は、出家を志しながら彼女とは相容れない。光源氏は、当時の浄土教者たちが死の時点で目指す境地を出家時に自ら課し、出家できずにいるのであった(第四章)。宇治十帖前半の物語において、大君・中君の父八宮は美しく成長する娘たちへの執着を捨てえず、その思いは現世離脱志向を共有するはずの薫へも引き継がれる。また、現世離脱志向を強める大君もじつは自分の容貌にとらわれていた。物語は死体の醜さによって現世執着を立つ不浄観の思想を取り込みながら、その不可能性を語っていった(第五章)。正篇の主人公光源氏と続篇の主人公薫との相違は、幻巻と蜻蛉巻の対比によって明らかになる。仏の導きを意識しながらそれと葛藤し自らの生存のありようのしぶとさを示す幻巻の光源氏に対し、はじめから仏道志向を与えられて造型されていた薫は仏への葛藤がなくかえって低迷を強めるのであった(第六章)。
第四部では、人生・生活のさまざまな局面にあらわれる観念の問題を論じた。「死」は文学の最も重要な主題の一つであるが、哀悼の思いを純化する哀傷の和歌に対し、仮名散文で書かれる『源氏物語』には死直後の混乱、一つの死をめぐる多様な思いの交錯などの特徴がある。また、作品形成上死者の行方についての観念が重要となるが、『源氏物語』においては、日本在来の他界観と仏教的他界観との混淆、とくに仏教の「中有」の考え方が日本的に変容されることで作られる他界観が作品内容に大きな影響を与えている。さらに、死に向かう作中人物のあり方を形作る上では、会話や和歌の贈答といった言葉のやりとりが重要であった(第七章)。『源氏物語』はまた、言葉による人間の相互理解の絶望的な困難さを、柏木と女三宮との関係において描き出していた(第八章)。人間の観念や心情の作品化には「物」が大きな役割を果たすこともある。『源氏物語』等平安時代の文学作品では、恋しさや不安などの表現に寝具・夜具を有効に用いていた(第九章)。言葉と観念の問題を考える上で、「心清し」は注目すべき語である。この語は玉蔓十帖などで男女関係の文脈で用いられているが、一方で神話や宣命にあらわれる「清明心」と深い関係にある。そこでいう「心」は他者との関係において問題となる心であり、「心清し」に言及されることによってむしろ「心清し」とは違った心のありようが浮かび上がるのであった(第十章)。「心清し」の観念は、『夜の寝覚』でも女主人公の複雑な心理の脈絡を形成する要として用いられている(付論)。

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