視覚系における並列情報処理に関する研究 —網膜神経節細胞群の周期的、同期的発火とその刺激依存性の解析—

石金 浩史

視覚は心理学誕生以来の研究対象であり、知見の蓄積は膨大なものである。しかも近年の神経科学的手法の発達が、精神物理学的研究の成果と結びつくことで視覚の機序に対する理解を急速に深めた。近年、視覚皮質細胞において受容野外の光刺激によって応答の性質が変化することが報告され、知覚統合との関連が示唆されている。応答の変化は、個々の細胞のスパイク発火頻度のみならず、細胞間の同期的発火頻度にもあらわれる。そこで視覚系における網膜で処理された光情報を脳に送る神経節細胞間における同期的発火の特性を調べるために、網膜にマルチ電極を適用して、複数の神経節細胞から光応答を同時記録し、光刺激条件や受容野間距離とスパイク発火相関との関係を調べた。被験体としてその網膜が高度に抽象化された光情報を脳に転送していると考えられているカエルを使用した。神経節細胞のなかでも、オフ持続型応答を示すディミング検出器に着目し、時間的に正弦波状(0.25Hz)に変調する光で刺激した時に発生するスパイク発火の時間パターンを相関解析した。光刺激は任意の画像をコンピュータで生成してCRTにより提示し、光学系により網膜に縮小して投影した。各ディミング検出器の受容野のマッピングにはランダムピクセルの系列提示とスパイク発火との相関から算出する「逆相関法」を適用した。

自己相関関数解析の結果、網膜の広い領域を光刺激すると、ディミング検出器は約30Hzで周期的に発火することが明らかになった。また、細胞を組み合わせて相互相関関数解析を行った結果、そのような刺激が提示された場合、受容野が重なるような近接した細胞間でも、数mm離れて受容野が重ならない細胞間でも、位相のあった周期的発火と同期的発火が生じていることがわかった。GABA受容体の阻害剤を投与すると、自己相関関数解析によりディミング検出器の周期的発火が完全に消失することがわかった。相互相関関数解析を行ったところ、離れた細胞間では同期的発火も周期的発火も完全に消失したが、近隣の細胞間では周期的発火は消失したが弱い同期的発火は残った。同期的発火の程度を細胞間距離に対してプロットしたところ、GABA受容体の阻害によって細胞間距離の増大とともに同期的発火の程度が統制条件と比較して急峻に減衰するようになったことが明らかとなった。したがって、離れた細胞間の同期的発火が周期的発火によって促進されている可能性が示唆された。

周期的発火は受容野よりも広い領域を光刺激した時にのみ発生し、狭い領域の光刺激では発生しなかった。しかし、近接する細胞の両受容野を覆うような小さな光刺激を与えると、周期的発火を伴わない弱い同期的発火が観察され、これはGABA受容体の阻害剤を投与しても消失しなかった。一方、離れた細胞に関してそれぞれの受容野だけを覆うような領域に対して光刺激を与えると、周期的発火も同期的発火も生じなかった。

以上の結果から、1)GABA受容体の活性化を必要とし、広領域の光刺激によって位相のあった周期的発火を生成する神経回路網と、2)狭領域の刺激によって近接した細胞間に同期的発火を生成する神経回路網の存在が示唆された。連続した大きな黒い影がカエル網膜に投影されると多くのディミング検出器に位相のあった周期的発火が生じることから、この現象は大きな物体の知覚や視覚刺激誘発性の逃避行動に関与している可能性が考えられる。

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