文学部のひと

 

文学部とは、人が人について考える場所です。

ここでは、さまざまな人がさまざまな問題に取り組んでいます。

その多様性あふれる世界を、「文学部のひと」として、随時ご紹介します。

編集部が投げかけた質問はきわめてシンプル、

ひとつは「今、あなたは何に夢中ですか?」、

そして、もうひとつは「それを、学生にどのように伝えていますか?」。

 

小松 美彦教授(死生学・応用倫理センター)

第1の答え

特に夢中なことはなく、日々の研究姿勢も「夢中になる」と呼べるものではないでしょう。私にとって研究は、自分なりに必死にやってはいるものの、「面白くてしかたがない」、「一心不乱に集中する」という域には達しておらず、むしろ苦行に近いものだからです。想えば、かつて虜になったサッカーにせよ、映画や芝居や舞踏の観賞にせよ、「夢中になる」あの感覚が摩耗しはじめてから、かなり経ちます——その摩耗の進行は、1年間が年々短くなる感覚と関係しているように思われます。

記憶のかぎり、最初になにかに夢中になったのは3歳ぐらいで、日本地図を描くことでした。母方祖父母の家に行くと大きなお膳があり、テレビの天気予報で映し出されるものを真似ながら、お膳の全面に白墨で描くことをひたすら繰り返していました。おそらくは、それが私の日本意識・国家意識の原型をつくりました。そして今、かような観点から、最近の民放のニュース番組やワイドショーでは天気予報が妙に長く詳しいことの意味を考えています。

とりとめなく縷々述べましたが、一見ささいなことでも物事の前提と背景を問いつづけることが、自分の研究姿勢のひとつのつもりです。

 

第2の答え

専攻する死生学・生命倫理学・科学史科学論では、抽象と具体との、アカデミズムと日常との、円環的思考が重要だと考えています。具体だけでは学問にならず、しかし抽象だけでは生身の問題に届かない、ように思われるからです。そこで講義では、私がかつて夢中になった作品などを取り上げ、円環的思考を具体的に示すことを心がけています。映像作品の場合は一部を観賞し、その解釈を死生そのものの問題等々と関連づけて論じています。

たとえば次を扱ってきました。《陸軍》、《東京物語》、《怪奇大作戦》、《木枯し紋次郎》、《必殺仕置人》、《あしたのジョー》、《田園に死す》、《曽根崎心中》、《新ドイツ零年》、《オリエンタル・エレジー》、《仕立屋の恋》、《高校教師》、《攻殻機動隊》、《それから》、《わたしを離さないで》、《わすれな草》……。また、サッカーの戦術を、西欧思想や日本古典の視座から死生問題と絡めて読み解く、という強引なことも試みてきました。

要は、視点のとめかた、そこからの解釈・展開のしかたであり、学生には総じて考えることの面白さを伝えるよう努めていますが、その場ですべてが伝わらなくとも、いつの日か顧みてもらえるときがあればよい、と思っています。

 

小松美彦:
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