文学部のひと

 

文学部とは、人が人について考える場所です。

ここでは、さまざまな人がさまざまな問題と取り組んでいます。

毎月ひとりずつ、「文学部のひと」をご紹介します。

編集部が投げかけた質問はきわめてシンプル、

ひとつは「今、あなたは何に夢中ですか?」、

そして、もうひとつは「それを、学生にどのように伝えていますか?」。

 

高橋 和久教授(英語英米文学研究室)

第1の答え

夢中になっていることはイタズラです、たぶん。100%の善意から生まれるイタズラは存在しないとすれば、イタズラってなぜ楽しいのかな、と思います。いずれにしても、自分の悪意をどのように飼い馴らしたらいいのか、その解法を探して悪戦苦闘しながら還暦を過ぎても見つからず、見つけることはほぼ諦めて、図書館で借りた探偵小説の犯人を、読者は早く知りたいはずだから、と作品の始まり近くで登場したときに印をつけて返却してあげるという親切心や、バスの降車ボタンを押したくてうずうずしながら、押していいわよ、と母親に告げられるのを待っている子どもに人生の厳しさ教えるために、そのときが来ると、その子どもより一瞬早く押して、欲望の充足を阻止してあげるという老婆心を抑圧することに精を出しています。あら、そう考えると、夢中になっているのはイタズラ心の抑圧と言うべきかしらん。気づかないうちに、わたしも結構、小市民として正しく老化したのかもしれません。

 

第2の答え

授業でときどき嘘をついています(ついた嘘にあとから気づくこともあります)。撞着語法(「凍った炎」や「醜い美人」)の難しさを知ってもらうために、退屈な授業に精を出しています。つまらないことを板書して、受講生の皆さんがノートを取っているあいだに、重要らしきこと(大してありません)を出来るだけさりげなく口走っています。何しろ授業では、図書館やバスという公共空間と違って、教師は教室では勝手ができるようなのです。それもこれもみんな学生の皆さんのため。というのも、そんな教師の授業に出れば、こんな人間になっていけないと固く決意し、注意力散漫は危険を伴うことがあると自覚し、100分近い退屈な時間を生き延びる忍耐心を獲得するでしょうから。それは今後に人生に役立つに違いありません。あら、このように書くと、わたしは相変わらず精神の未成熟を売りものにしているみたいです。だってふつう、本当に夢中になっていることなど、恥ずかしくてとても口に出せません。

 


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