文学部のひと

 

文学部とは、人が人について考える場所です。

ここでは、さまざまな人がさまざまな問題と取り組んでいます。

毎月ひとりずつ、「文学部のひと」をご紹介します。

編集部が投げかけた質問はきわめてシンプル、

ひとつは「今、あなたは何に夢中ですか?」、

そして、もうひとつは「それを、学生にどのように伝えていますか?」。

 

葛西 康徳教授(西洋古典学研究室)

第1の答え

「行不由径 行くに径(こみち)に由らず」。これを見たのは、新潟県下田村にある「漢学の里」、諸橋轍次記念館を訪れた時のことです。諸橋轍次と言えば、『大漢和辞典』の編者、この言葉はまさに博士の人生と学問を最も簡潔に表現しています。西洋における西洋古典学(ギリシア・ラテン研究Classics)と我国における漢学を仮にパラレルなものと考えますと、私の人生と学問は、これと正反対、即ち、これまで「径」に由ってばかりでした。多分、これからも由り続けるでしょう。このようなタイプの人間は、案外大学の教員には少なくないかも知れません。思想家、古典的著作、美術作品、遺跡など、研究者はある意味で「追っかけ」です。ただ私の場合は、内外の現存する人物への「追っかけ」です。しかも研究者(古典学者、法律学者)だけでなく、実務家や外交官、ビジネスマンなども「追っかけ」ます。べたべたした関係を好まない人たちを追っかけるのは、お金も時間もかかって大変です。でも、「おもしろい」と匂った人は、どこまでも、追いかけていきます。私の場合は、「鼻」が頼りです。以上、答えになりませんが、今私は「追っかけ」に夢中です。

 

第2の答え

以前勤務していた大学では、学生と一緒に「追っかけ」をしていました。例えば、夏休み1カ月間、オクスフォードのコレッジに一緒に寝泊まりし、同僚や事務の方と協力しながら、現物(建物、本、学者、実務家)を見せました。いやはや、いろいろな「事件」がありました。

現在は、授業で「仮想追っかけ」をやっています。この「仮想」は非常に大事な作業だと思います。また、危険な作業です。テクストは「牙」をもっていますから。また、何でも「現物」を見せれば済むというものでもありませんし、事前のトレーニングがないと、鼻も利きません。

しかし、やはり「現物」は決定的に重要です。近い将来、何らかの形で、学生が「現物」に接することができるよう、準備したいと考えています。牙をむいて襲いかかってくる「現物」に。

 

主要著書: 葛西康徳・鈴木佳秀(編) 『これからの教養教育―「カタ」の効用』 東信堂

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