文学部のひと

 

文学部とは、人が人について考える場所です。

ここでは、さまざまな人がさまざまな問題に取り組んでいます。

その多様性あふれる世界を、「文学部のひと」として、随時ご紹介します。

編集部が投げかけた質問はきわめてシンプル、

ひとつは「今、あなたは何に夢中ですか?」、

そして、もうひとつは「それを、学生にどのように伝えていますか?」。

 

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柳橋 博之 教授(イスラム学研究室)

第1の答え

夢中という語感とは少々異なるが,数年来最も時間と労力を注いでいるのが,ハディースの計量分析である。ハディースとは,イスラームの預言者ムハンマドの言行の記録であり,その大部分に伝達の履歴が付されている。例えば,ムハンマドの言行を見聞きしたAがBにその言行を伝え,BがCにそれを伝え,CがそれをDに伝え,という具合である。ところで,これらの口伝者のおおよそ95%(ただし,例えばある口伝者が20個のハディースの伝達履歴に現れた場合は20人と数える)について没年が分かっている。そこで,あるハディースに幾つかの異本がある場合,一定の仮定の下では,異本数がどのように増大したのかを追跡することができる。ハディースの数は全部で何万とあるので,これ以外にも様々な種類の大量のデータを得ることができる。

この方法論を取るようになったのにはきっかけがある。村上敏夫『宇宙最大の爆発天体ガンマ線バースト どこから来るのか、なぜ起こるのか』講談社ブルーバックス,2014年という本に出てくる話であるが,ガンマ線バーストの発生源をめぐってかつて銀河系ハロー内説と銀河系外説が対立しており,1995年に開かれた会議では,侃々諤々の議論が戦わされ,前者が多数の支持を得たが,後に観測技術の発達により,後者が正しいことが立証されたという。

私もかつては,今はやりの手法を用いてハディース研究を行っていたが,議論を重ねたところで,要は議論がうまい方が差し当たり学界で承認されたように見えるが,それで何かが立証されたという気はしなかった。私は議論で他人を説服することがあまりうまくなく(一つには,相手がすぐに納得しないと重ねて説明するのが億劫になるからだが),そのことにあまり意義も見い出せなくなっていたので,この本を読んで,このまま一論客として研究を続けてもあまり面白くはない,そうではなく新しい技術を模索すべきではないかと考えた。そこで,ハディース研究ではまだあまり行われていない計量分析を主軸にして,単著を刊行した。とはいえ,反響は予想を上回る薄さで,この先もこの点であまり好転が見込めないのが残念ではあるが,自己満足を得ることはできたので,この手法を深めて第2弾を準備中というのが,現況である。

【下呂温泉合掌村旧大戸家宅にて撮影】

 

第2の答え

ハディースの計量分析自体は授業でも紹介している。しかし,議論を重ねてもどうもしっくりこないという類の話をすることはない。今回が初めての公開である。私はある時点からほとんど学会に出なくなってしまったが,これで失ったものは大きかったはずである。

 

柳橋 博之:
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