文学部のひと

 

文学部とは、人が人について考える場所です。

ここでは、さまざまな人がさまざまな問題に取り組んでいます。

その多様性あふれる世界を、「文学部のひと」として、随時ご紹介します。

編集部が投げかけた質問はきわめてシンプル、

ひとつは「今、あなたは何に夢中ですか?」、

そして、もうひとつは「それを、学生にどのように伝えていますか?」。

 

※スマートフォンでご覧の方へ:閲覧しにくい場合は「横向き画面」でご覧ください。

福井 玲 教授(韓国朝鮮文化研究室)

第1の答え

昔は,その時々でいろいろなことに夢中になっていましたが,定年も近づいてきて,最近では何か1つのことに夢中になっているということが言いにくくなりました。いくつかの課題を持ってそれを少しずつ分散処理しているというのが現状です。それで,研究の面でこれまでどんなことに夢中になってきたかという自分史の一部を書いてみようと思います。

修士論文は日本語のアクセントに関するものでしたが,そのための資料を集めるために数か月間日本全国を旅してまわりました。時には駅のホームで寝たりしたこともありました。その頃私の頭の中を行き来していたのは,日本祖語のアクセント体系の再構という課題で,毎日のようにいろいろな妄想をして時間を過ごしました。当時のノートが残っているので,当時何を考えていたのかを思い出すことができます。確かに,そのことに夢中になっていました。しかし,具体的に研究発表できるほどの成果としては実を結ばず,その後私の研究の中心は韓国語に移りました。韓国語の研究でもいろいろなことに熱中しました。ある時期は,方言のアクセントを調査するため数年間夏休みに地方を旅して回りました。そうして録音した資料は今も手許にあるのですが,そのうち論文として成果を公表したものはごく一部にとどまっています。また,韓国に留学中は韓国語の歴史的研究をするための資料研究にも熱中していました。書誌学も含む資料研究はともすると言語学の一部とは見なされない傾向があるので,人からは誤解も受けてきたように思います。しかし,私の中ではそれは研究のために必要なことだと割り切っていて,あまり気にしませんでした。その後も,言語研究のために必要なプログラミングに熱中した時期もあります。最近では,小倉進平の残した朝鮮語方言資料に基づいて,言語地図を描いて言語史的に解釈すること,朝鮮時代のテキストをきちんと読み込んで,音韻・文法だけでなく1つのテキストとしてどう理解するかということにも取り組んでいます。

【韓国慶北大学での講演「小倉進平と小倉文庫について」の案内横断幕の前で】

 

第2の答え

これまで私の授業は,どのような問題点が残されているか,何が本当の意味で面白い研究なのか,という点に中心にしてやってきたつもりです。何かきっちりと分かっていることを伝えるというよりは,よくわからないけれど何か可能性がありそうな課題のまわりを巡ってあれこれと試行錯誤するというようなものです。それが学生諸君にとって有益だったかどうかはよくわかりません。そんな中でも,学生諸君と討論しながら,双方にとって有意義な時間を過ごしたこともあるし,また,私自身,授業中に,ある課題とそれが意味することを順番に話しているうちに自然と解決の方向が見えてくることもありました。その反面,私は昔から言語学でしばしば見られるように最新流行の理論を追うということには苦手というか好きではありませんでした。ともあれ,そろそろ大学での仕事を整理する段階になって思うことは,かつての学生諸君の中で,決して多くはないけれど何人か,同業者となって立派な仕事をしている人たちがいること,私より優れた研究をしている人たちがいることが,あまり良い教師とは言えない私にとっては大きな慰めになっているということです。

【岐阜県の「白川郷」にて】

 

福井 玲:
東京大学・教員紹介ページ
文学部・教員紹介ページ

過去に掲載した文学部のひとについてはこちらをご覧ください