東京大学シンポジウム「作品のはらむ他者」開催のお知らせ 2003年6月25日


人文社会系研究科フランス文学教室の企画で、来る11月13-15日の三日間にわたり、東京大学、ジュネーヴ大学およびパリ第八大学を結ぶ東大シンポジウム「作品のはらむ他者」が開催されます。
東京大学とジュネーヴ大学との間、東京大学とパリ第八大学との間にはそれぞれ大学間交流協定があり、これまでも教官・学生の交流、招聘講演、国際シンポジウムなど、活発な学術交流が行われてきました。また、ジュネーヴ大学とパリ第八大学との間にも友好的な交流が存在するところから、1999年以来、約二年おきに、三大学の人文学系の研究者が一同に会して、選ばれたテーマのもとに発表と討論の催しを行なう習慣が定着しつつあります。1999年5月にはパリ第八大学において「作品の時間――記憶と予兆」と題するシンポジウムが、また2001年5月にはジュネーヴ大学において「作品概念の無限性」と題するシンポジウムが開催されました。いずれのシンポジウムも、すでにその論集がフランスの出版社から刊行されています。
次回シンポジウムでも、過去二回の流れを受けて、「作品」が中心テーマになります。これには、文学をはじめとしてもろもろの芸術、哲学・思想、歴史、宗教、言語といった人文学諸分野で扱われる作品が含まれます。一方、「他者」の捉え方にもさまざまな位相がありえます。自分にとっての他人という最も即物的な意味から、ある歴史的局面に現れる、または文学作品に表象される異なる文化や宗教の間の衝突、あるいは異国趣味といったレベルの他者があり、異質な二言語が出会う「翻訳」もすぐれて「他者」の顕現する場と言えます。より抽象的な位相では、私の語る言語はつねに他者の言語であり、独自の言語と信じられているものはじつは文化のなかでの多重的決定に他ならない、といった近代言語学や精神分析が依拠する「他者」観があります。さらには、ある種の現代小説に見られるように、作者がメッセージを固定せず、謎として突きつけられた作品の解釈に(ということは「生成」に)読者が参与するといった性格の強い作品を思い描くこともできます。その場合、作品の不透明性が、読者の理解の範疇に取り込みがたい「他者」であると言えますし、同時に、作品は不特定多数の読者という「他者」に浸透されることで作品としてはじめて立ち上がるとも言えるわけです。
本シンポジウムでは、本学の人文社会系研究科、総合文化研究科の教官を中心に日本側研究者十余名、パリとジュネーヴから合わせて十余名、中国、韓国、台湾から各一名、総勢約三十名が、それぞれの最も強い関心を寄せる対象ないし視点を選び、「作品のはらむ他者」を論じます。発表・討論ともに、原則としてフランス語で行なわれます。最終日には、学内の別の会場で室内楽の夕べも予定されております。多数の聴衆のご来場をお待ちしております。



行事名 東大シンポジウム「作品のはらむ他者」
期間 2003年11月13日-15日
開催場所 東京大学本郷キャンパス山上会館大会議室
連絡先 東京大学人文社会系研究科・文学部、フランス文学研究室
03-5841-3842(実行責任者:中地義和教授)