シンポジウム開催の経緯と
趣旨:
日中儒学班は、これまで「儒学テキストを通しての近世的思考様式の形成」を、テキストとしての経典の伝播・解釈・定着過程を通じて東アジア海域交流の
なかから考察することめざし、二つの具体的検討課題に即して共同研究を積み重ねてきた。
(1)近世的思考様式の東アジア世界内での展開の姿を、テキスト
(書物)が具体的にどのように「読まれ」ることを通して各地域内に「知」として体内化してきたかという、いわば思想展開のソフト面からの検討と、(2)経
典の一つ、『中庸』テキストの、日・中における解釈の展開の具体相を明らかにするという、思想内容そのものの理解のあり方をめぐる史的検討である。
この両
者のうち、「訓読」論をめぐっては、当初「日中儒学班」内部の検討課題として共同研究を重ね、その結果を2006年1月に大阪市立大学で開催された文献資
料研究部門国際シンポジウムで共同報告し、また同年7月には広島大学において他研究班の多数のメンバーの参加も得て、拡大したかたちでのシンポジウムを開
催した。そこでは、「訓読」を単なる技法論としてではなく、文化理解、文化形成にかかわる重要な議題として考えることをめざして議論を積み重ねてきた。さ
らに2007年夏には、九州大学で開催された「にんぷろワークショップ」にパネル参加し、研究班外部に向けての問題発信も行ってきた。
その間、領域内重点
項目の一つ(ホ)《東アジアにおける〈訓読〉の思想文化》として認定されるに至り、2008年10月には、幸いに、これまでの検討結果を軸に、『「訓読」論ー
東アジア漢文世界と日本語ー』(勉誠出版)
を公刊する機会を得た。本論集では、Ⅰ「異文化理解の「課題」として」、Ⅱ「日本語・日本文化形成」の問題として、Ⅲ「訓読論の新たな地平」の開拓、とい
う三部構成で問題の広がりを提示して具体的検討を行い、一定の新たな問題領域の開拓を行い得たが、それをさらに、「文化研究一般」の課題として、さらには
一つの「文化理論」として、どう展開していくか、どこに問題をさらに「開いていく」かという新たな課題を得るに至った。本シンポジウム第1日目のテーマ
は、そうした課題に即して企画されたものである。
一方、東アジア地域における「経書」理解の問題をめぐっては、東アジア各地域の近世の「知」のあり方にかかわる、問題の共有と個々の間の相違が顕著に
あらわれる場面として「四書」注釈学を選び、当研究班内部では特に、『中庸』テキストの解釈の諸相を意味づけるという作業に着手してきた。そこでは、近世
日本社会と中国科挙世界(士大夫世界)との質的相違と「四書」の読まれ方、意味の与えられ方の同と差異をめぐって、「知」の社会化の問題を明らかにすべく
共同検討を重ねてきた。
「四書注釈は、書物や人の移動といったモノとしての東アジア海域交流の側面と、各社会ごとの思想内容の展開との二つの側面を持ち、
具体に即してこの両面の多角的な検討を可能とする確かな指標となる」(シンポジウム「予稿集・第2日目趣旨説明」市來)という共有する問題意識の下、本シ
ンポジウムは、「日本化した理念「中国」を語る江戸の四書注釈を日本側の研究がどうみるか」「現代の中国、韓国の日本学研究が、自国中国、韓国の四書注釈
学を踏まえつつ江戸の注釈学をどう見るか」(同)といった視点をクロスさせて、その交差点で問題の所在を捉え直すことが企図されたものである。
- 国際シンポジウム「儒学テキストを通しての近
世的思考様式の形成―日中における対照的研究―」
- 主催:重点項目(ホ)《東アジアにおける〈訓読〉の思想文化》・日中儒学班・小説芸能班・新儒教班
- 協力:重点項目(ハ)《東アジアの視点から見た五山文化》
- 日時:2008年12月13日(土)・14日(日)
- 会場:大阪大学中之島センター 9F会議室
- プログラム:
- 【第1日】12月13日(土):「東アジアにおける
〈訓読〉の思想文化」
- 司会:中村春作
- 〔開会あいさつ〕 9:45~10:00
- 市來 津由彦(広島大学、日中儒学班)
-
- 〔趣旨説明〕
- 中村 春作(広島大学、日中儒学班)
-
- 〔報告1〕10:00~11:00
- 辻本 雅史(京都大学)
- 「素読の教育文化」
- 〔報告2〕11:00~12:00
- 崔 在穆(嶺南大学、韓国)
- 「漢文の訓読、階層性、トポスー『春香伝』の「千字文プリ(唱)を手掛かりとしてー」
- 〔昼食・休憩〕
-
- 〔報告3〕13:00~14:00
- 木津 祐子(京都大学)
- 「唐通事の「官話」受容ー「教訓」と「話本」ー」
- 〔報告4〕14:00~15:00
- 渡辺 純成(東京教育大学、数学班)
- 「言語面からみた満洲文性理学文献ー『満文性理精義』を中心にー」
-
- 〔コメント+総合討議〕15:00~17:00
- コメンテーター:澤井 啓一(恵泉女子大学)
- 浅見 洋二(大阪大学、詩文受容班)
-
- 〔特定領域代表あいさつ〕
- 小島 毅(東京大学、王権論班)
- 【第2日】12月14日(日):「東アジ
アにおける近世の「知」と四書注釈」
- 司会:市來津由彦
- 〔趣旨説明〕9:50~11:00
- 市來 津由彦
-
- 〔報告1〕10:00~11:00
- 田尻 祐一郎(東海大学、日中儒学班)
- 「徳川儒教と『中庸』問題」
- 〔報告2〕11:00~12:00
- 朴 鴻圭(高麗大学、韓国)
- 「朝鮮王朝における『中庸』註釈と実践ー世宗の政治と『中庸』ー」
- 〔昼食・休憩〕
-
- 〔報告3〕13:00~14:00
- 王 青(中国社会科学院哲学研究所*、中国)
- 「荻生徂徠の「四書」解釈ー『大学』、『中庸』を中心にー」
-
- 〔報告4〕14:00~15:00
- 龔 穎(中国社会科学院哲学研究所*、中国)
- 「林羅山と「四七理気弁」」
- 〔コメント+総合討議〕15:00~17:00
- コメンテーター:垣内 景子(明治大学、新儒教班)
- 片岡 龍(東北大学)
-
参加者:〈13日〉26名(特定領域メンバー11名)
〈14日〉20名(特定領域メンバー8名)
◇第1日目:「東アジアにおける〈訓読〉の思想文化」概要
辻本雅史「素読の教育文」においては、江戸期日本の教育文化の視
点から「訓読」の問題を、特に「素読」という身体的学習の作法と「知」の相関の側面からとらえ
直し、それをさらに「礼」の教育文化や具体的学校制度の整備状況とあわせて考察するものであった。報告者は、自身のこれまでの江戸思想史の研究成果を基
に、貝原益軒による学習書編纂状況から江戸中期以降の大量出版文化、それに応じた儒学「学習過程」の具体的整備に説き及び、「素読」を「学びの身体性」と
して捉え直すことが、江戸期教育文化史の組み替えに関わる重要議題となることが提示された。
崔在穆「漢文の訓読、階層性、トポスー『春香伝』の「千字文プリ(唱)を手掛か
りとしてー」においては、朝鮮時代韓国における「漢文」と
「自国語」との関連を『春香伝』の「千字文プリ」にさぐる、意欲的な研究報告がなされた。「千字文プリ」は、中国から移入された『千字文』に対する韓国語
による「唱」であり、この「プリ」の中にこそ、韓国における「漢文」の「読まれ方」の多様な具体相が現れていることを、韓国における「漢文」受容の歴史を
振り返りつつ、検討を加えたものであった。
木津祐子「唐通事の「官話」受容―「教訓」と「話本」―」は、長
崎通事が記した中国語資料を題材に、彼らが中国語話本小説の枠組みを独自の形で受容し、
そこに教訓譚をきわめてわかりやすいからちで盛り込んだ具体相の分析を通じて、「正しいことばを学ぶ」ことが「義理に通じること」につながり、それがまた
実用に通じるものであったこと(道徳ー教諭ー官話の間の連絡)を、具体的資料の検討を基に明らかにするものであった。
渡辺純成「言語面からみた満洲文性理学文献―『満文性理精義』を中心に―」
は、「中国」内部に
おける多言語状況を満洲語と「漢文」との交渉の場面から明らかにするものであり、特に、経典解釈の場面(『満文性理精義』)で「漢文化などに関する漢語文
言文などのテキストを翻訳することが、とりもなおさず、高文化を担うことのできる言語を創り上げてゆく過程であった」ことを、漢語と日本語の交渉をも対照
的に視野に入れつつ考察しようとするものであった。
以上の四報告を受けた総合討議では、コメンテーターからの、「訓読」という問題領域が「道理」ー「教諭」ー「制度」という他関連問題領域にふかくつな
がる「一連の課題」であることの指摘(澤井)、「文化の翻訳」という課題がさらに、文化の中心と周縁、あるいは文化の階層性の形成といった問題枠組みの中
で把握され直されるべきことの指摘(浅見)を受けて、充実した活発な議論が展開された。最後に領域代表(小島)の挨拶があり、第1日目が終了した。
◇第2日目:「東アジアにおける近世の「知」と四書注釈」 概要
田尻祐一郎「徳川儒教と『中庸』問題」で
は、まず「東アジア海域交流」という視角から徳川時代の儒学思想をとらえることの意味とそこにおける難題が明快に提示され、その上
で、特に『中庸』の受容・理解史を、山鹿素行から伊藤仁齋、荻生徂徠、懐徳堂学派まで、そこで主題とされた問題を提示するかたちでの整理が鮮明になされ
た。そしてさらには近世後期の『中庸』理解、その思想史的総括が近代における日本思想史の像定立にも関わっていることも指摘された。報告者は最後に、《民
の力》という視点を導入することで、東アジア近世世界における四書の定着過程、その内実の差異を明らかにする可能性にも言及した。
朴鴻圭「朝鮮王朝における『中庸』註釈と実践―世宗の政治と『中庸』―」で
は、韓
国における経学史の問題を、特に政治学的アプローチから取り上げることが試みられ、四書の一つ『中庸』が、具体的にどのように政治的に実践されていたか
を、朝鮮王朝第四代、世宗に即して実証的に検討され、それを通して、中国、日本とはまた異なる『中庸』受容のあり方が説得的に提示された。報告ではまず
『中庸』一書が「君主の統治書」であることが説き明かされ、世宗が具体的にそれをいかに政治実践したかが、『世宗実録』における「経筵」録の記述により明
らかにされ、世宗の中国の天子に対する「事大の礼」もまた『中庸』の「誠」の政治的実践であったとする指摘もなされた。
王青「荻生徂徠の「四書」解釈ー『大学』、『中庸』を中心にー」で
は、中国人第一線
研究者による荻生徂徠の全体的思想把握が提示され、その思想内容があらためて詳細かつ包括的に整理された。報告者はまず徂徠における「訓読」批判に触れ、
それが彼の思想全体に関わる問題提起であったことを示した上で、徂徠の思想構成、朱子学批判が、「封建」制回復論と密着するものであったことを詳細に論じ
た。そしてその政治的の文脈のなかで、徂徠の人性論や『大学』解釈も理解されるべきであると説いた。
龔穎「林羅山と「四七理気弁」」においては、近世初期の儒者、林
羅山が
題材として取り上げられた。本報告でも中国人第一線研究者による江戸期日本儒学へのアプローチの一端が明瞭に示された。報告者は最初に第1日目のテーマに
も言及して、みずからの「訓読」体験を振り返るかたちで日本儒学理解の問題を具体的に提示した後、林羅山における「情」の理解にあり方に関して詳細な検討
を加えた。林羅山の朱子学理解が「七情」の問題にいかにこだわるものであったか、彼が「どのようにうまく非道徳的感情を制御できるか」に心を砕いたかが、
明快に論じられた。そしてそれはまた、しばしば思想的関連性が指摘される、朝鮮の李退渓の「七情」論とも実は異なっていることが明らかにされ、こうした具
体的検討を通して日本・中国・韓国の朱子学受容が論じられる可能性を示した。
以上四報告を受けた総合討議では、まずコメンテーターから、それぞれ大きな視点からの指摘がなされた。哲学史として経書を読み、その解釈史を意味づけ
ることへの視線のあり方をめぐって、その位置をまず定めることの重要性があらためて言及され(垣内)、報告全体としての構想への再確認がなされ、また、
中・日・韓を相対比較することの前提条件とは何かを問うことの必要性があらためて指摘された。そうしたコメントを受けて、第2日目では、方法論も含め、比
較的大きな視点からの議論が総合討議で展開された。
以上、2日間の学的刺激に満ちた報告、討議を経て、一方では、大きな問題展開の可能性が見通されてきた部分があると同時に、他方、東アジア思想史研究
において、「近世的思考様式」「近世的知」を考えるとはどういう作業なのかという、本質的でかつ容易に答えのでない課題をあらためて問い直す契機が各自に
与えられる機会となった、たいへん充実した時間を共有することができた。今後、本シンポジウムにおける充実した成果を基に、最終年度に向けて、研究成果と
りまとめを進めていく予定である。
最後に、主催側を代表して、年末の多忙ななか、国内外から参加してくださった報告者、コメンテーターのみなさん、会議参加者のみなさんに、あつく謝意
を表したい。
(文責:中村 春作)
- 【関連書籍】
- ・『日本近世教育思想史の研究―』(1992年11月)
- ・『朱熹門人集団形成の研究』(2002年3月)
- ・『江戸儒教と近代の知』(2002年10月)
- ・「東アジアの儒教と近代の「知」」(2004年12月)
- ・『日本近世思想家荻生徂徠研究』(2004年12月)
- ・『「心」と「理」をめぐる朱熹思想構造の研究』(2005年8月)
- ・『山崎闇斎の政治理念』(2006年2月)
- ・『山崎闇斎の世界』(2006年7月)
- ・『東アジア陽明学の展開』(2006年12月)
- ・『日本思想史ハンドブック』(2008年2月)
- ・『日本思想史の核心』(2008年6月刊)
- ・『“似是非”的日本朱子学:林羅山思想研究』(2008年8月)
- ・『訓読論―東アジア漢文世界と日本語』(2008年9月刊)
- 【これまでの関連活動】
- ・シンポジウム「課題としての「訓読」─異文化理解と日本伝統文化の形成─」 (2006/7/29)
- ・シンポジウム「水戸学をいまどう見るか─『大日本史』刊行百周年を迎えて─」(2006/10/28)
- ・文献調査研究部門・総括班共催国際シンポジウム「文献資料からみた東アジア海域文化交流」(2008/1/12-13)
- ・にんぷろワークショップ2008パネル1:小説芸能班・日中儒学班共催「江戸時代から明治・大正期における漢文訓読の問題――訓読と翻訳のあいだ――」(2008/7/26)
- ・「五山文化」第2回研究会「文化の翻訳・文化の複合―五山文化研究のさまざまな視点―」(2009/3/7)
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