"Monks, Maps, Medicine, and Hell: Visualizing Japanese Interactions in Northeast Asia, 1200-1500"
AAS Annual Meeting Session 135
私は、2008年4月3日から6日まで、米国アトランタ市のハイアット・リージェンシー・ホテルで開かれたAAS(Association for Asian Studies)の2008年年次
総会に、パネルの報告者として参加した。われわれのパネルのテーマ「Monks,Maps, Medicine, and Hell:Visualizing Japanese Interactions in Northeast
Asia, 1200-1500」も、禅僧の日中往来を肖像画から見るという私の報告も、ともに「にんぷろ」の趣旨とよくマッチするものと思われたので、私の渡航費用の
支出を「にんぷろ」総括班にお願いしたところ、幸いにも認めていただいた。感謝の意を表するとともに、簡単な参加記を記して、責の一端を塞ぎたい。
223のセッションは、「Border-Crossing and Interarea」という全体テーマ(?)に属するものが52あり、それ以外はコリア15、東南アジア25、南アジア17、日本
42、中国・内陸アジア71という内訳であった。参加者の圧倒的多数は米国人だったと思われるが、伝えられる中国に対する関心の増大が反映していると見てよいのだろうか。
135という番号を与えられ、「日本」に分類されていたわれわれのセッションを紹介しよう。司会者とディスカッサントに予定されていたイリノイ大学の
Ronald Toby氏が、よんどころない事情で欠席されたので、セッションはオレゴン大学のAndrew Goble氏の司会で進められた。
第1報告は私の「Monk Portraits in Japanese-Chinese Interactions in the 13th-14th Centuries」で、「頂相」と呼ばれる禅宗肖像画とその賛から、日中
をまたぐ師匠-弟子の嗣法関係、僧侶と彼が携行した絵の渡海、さらには貿易船の往来を読み取った。第2報告は国際基督教大学のKenneth Robinson氏の
「Placing Japan in Korean World Maps」で、15世紀に朝鮮で作られた「混一彊理歴代国都地図」における日本の描かれ方に、日本製の地図と異なる要素があり、
また行基図をもとにしたものではないことを指摘した。第3報告はGoble氏の「Chinese Medical Illustrations in Japanese Texts」で、近世のテキストに
多く見られる病気を引き起こす「虫」の挿図の源流を、1315年の『万安方』を初めとする中世のテキストに探り、さらにその中国におけるルーツに言及した。第
4報告は東大史料編纂所の若林晴子氏の「The Appropriation of Chinese Paintings of the Ten Kings of Hell in Kamakura and Muromachi Japan」で、
日本に残る中世の十王図の図柄が、中国(とくに寧波の陸信忠)の作品をそっくり借用しつつも、本地垂迹説など「日本的」な要素で潤色されていることを指摘した。