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2007 年度中国社会文化学会シンポジウム「都市と建築-流動する人々、生成する権力」
総括班協力




日時:2007年7月8日(日)10:00~16:30
会場:東京大学文学部1番大教室

プログラム:
【午前の部-都市と環境】
   司会:妹尾達彦(歴史学・中央大学)
〔報告1〕
 包慕萍(建築学・法政大学)
   「遊牧と農耕が交わる長城地帯の「都市」形成-フフホトを中心に-」
〔報告2〕
 島尾新(美学・多摩美術大学)
   「イマージュのなかの江南都市-雪舟の絵が伝えたもの-」
報告1・2のディスカッサント
 藤井恵介(建築学・東京大学)

【午後の部-都市と権力】
   司会:村田雄二郎(歴史学・東京大学)
〔報告3〕 
 濱本篤史(社会学、名古屋市立大学)
   「都市再開発と住民の再編-北京-」
〔報告4)
 厳善平(経済学・桃山学院大学)
   「増大する流動人口と都市の「繁栄」-上海-」
報告3・4のディスカッサント
 吉澤誠一郎(歴史学・東京大学)

総括討論
 

  今、中国大陸は、あらゆる問題を内包する特権的な学問対象の一つになっている。経済・政治・文化における重要性 のたかまりや、地球の環境における決定的な位置が、中国大陸をして、様々な学問が分析の切れ味を競い合う現場にさせている。
  中国大陸の巨大な空間と人口規模、多様な民族構成等が生み出す複雑な歴史の展開は、人類史そのものを濃縮するか のように包括的であり、中国大陸は、既存の学問の妥当性が厳しく吟味され、新たな学問の構築を模索する場として、学問の前線に躍り出た。
  本シンポジウムの目的は、揺れ動く中国大陸の現状を正面から見据え、都市と建築という切り口から、人類の過去・ 現在・未来を考えることである。都市と建築は、中国大陸の直面する複雑に入り組んだ現象の深層をすくい上げる径路として、一つの有効な方法になり得る。な ぜならば、街角の景観には急速に進む都市化と人間活動の軌跡が刻印されており、目の前に映る街の風物と、人々の関係の網からなる目に見えない社会とは互い に密接に連動しているからである。人間の認識を具体的に表現する際に、建築という手段は、表現の総合性において優れており社会への影響力も強い。
  目に見える建築物は、つくられた時の人間や社会の認識を投影しているとともに、建築された後は、印象や解釈とい う行為を通して人間や社会の認識に深くはたらきかけ、絶えず新しい意味を生みだす存在でもある。建築は、社会の変容を映し出すと同時に、社会の変容自体に 働きかける。本シンポジウムは、このような建築(アーキテクチャー)がもつ社会性(コンテクスト)の諸相を、中国大陸の都市を事例に具体的に分析するもの である。
  シンポジウムで実際に取り上げられた都市は、内モンゴルのフフホト、華北の北京、江南の水郷都市、上海であり、 対象とする時間は、主に15、16世紀から現代に至る。立地環境と歴史の異なるこれらの都市を、建築学、美学、社会学、経済学という別個の学問分野を修め た報告者が論じ、討論者(コメンテーター)として建築学と歴史学の論客を迎えることで議論の深化がはかられた。報告者・討論者は、いずれも、文献調査と実 地調査を総合する研究を進める研究者である。多様性に富む中国大陸の都市を論じるにふさわしい陣容といえよう。
  シンポジウムの概要は、以下の通りである。

  午前の部の都市と環境では、都市の立地と環境との関係が、遊牧地域のフフホトと江南の水郷地帯の諸都市という、 対照的な自然環境をもつ都市における人間活動を通して論じられた。
  包慕萍氏「遊牧と農耕が交わる長城地帯の「都市」形成-フフホトを中心に-」は、生態環境の境域における人間の 活動を分析する。この課題のための格好の都市が、遊牧と農業が交わる地にある現在の内モンゴル自治区の省都・フフホトである。16世紀以後の漢人入植者に よる農耕地の拡大を契機に、遊牧的要素と農耕的要素が併存する構造をもつ街・フフホトが、かつての遊牧地帯の中に形成されていく様が、現地調査のスライド を効果的に用いながら明らかにされた。
  包氏の報告は、沿海地帯の都市網が世界貿易を独占する19世紀以前においては、農牧の交錯する長城地帯の都市網 こそが世界貿易の重要な舞台であったことを示している。同時に、16世紀という世紀が、中国大陸全体におよぶ変動期の始まりであり、長城地帯もこの変動の 波に抱き込まれていくことを示しており、世界史の中にフフホトの歴史を位置づけた。
  島尾新氏「イマージュのなかの江南都市-雪舟の絵が伝えたもの-」は、15世紀後半の中国沿海地帯の都市が、東 アジアの文化史にもつ意味を、入明僧・雪舟の絵に投影された認識をもとに分析する。都市や土地を描く絵の解釈は、画家と鑑賞者の立場や生きる時代の違いに より本質的に難しいことに触れ、雪舟を事例に、日本という外部から来た他者による中国の景観へのまなざしが、中国に外在する場としての日本自身を浮かび上 がらせることにもなる点を指摘する。
  島尾氏の報告は、雪舟の絵に描かれた(あるいは描かれなかった)江南都市を、現代の江南都市を経験した美術史家 の眼を通して解釈することで、絵画に何が表象されるのかを問う刺激に満ちた報告だった。報告では、15世紀後半に至り、東アジア海域を媒介に、日本列島と 中国大陸を包む広域の文化圏が生まれたことも示唆されている。この点において、島尾氏の分析した江南都市と包氏の分析した内陸のフフホトは、15、16世 紀以後における東アジアの大きな商業・交流圏の形成を示す、同時代現象ととらえることができるだろう。
  午前の部の討論者の藤井恵介氏は、専門の建築史の立場から、包慕萍氏と島尾新氏の報告の共通点と相違点を指摘し た。建築史学にもとづく包氏の報告と、美術史学にもとづく島尾氏の報告は、両分野をつなぐ仏教建築史を専攻する藤井氏の観点から総合され、議論は午後の部 に引き継がれることになった。

  午後の部-都市と権力は、村田雄二郎氏の司会のもと、現代中国を代表する巨大都市である北京と上海を題材に、都 市の再開発にともなう都市居住民の分裂と社会権力の生成、都市-農村間の人口流動性と都市流入民がもたらす住民格差の問題が議論された。
  濱本篤史氏「都市再開発と住民の再編―北京―」は、旧北京城内の下町にあたる北京市崇文区を対象地に選び、 2003年から2004年にかけて実施した住民移動の現地調査にもとづく報告である。1990年以降、危険・老朽化住宅の立て替えを目的とする「危改事 業」(危旧房改造)が始まり、旧来の建築を壊して新しい集合住宅を建築することで、旧来の人間関係も根本的に変貌する様が明らかにされた。
  濱本氏は、この「危改事業」が、市場経済導入を活用して既に有利な状況を築いた者にさらに富を得させることにな り、その一方で、市場経済の恩恵を受けていなかった者をより厳しい立場においやる働きをして、「勝者」と「敗者」を確定させると論じる。調査対象地が、近 年に至るまで古い街並みを比較的よく留めた崇文区という居住区であることが、1990年代以後の都市社会の変貌の激しさを際だたせている。北京の旧城内の 大規模な建て替え事業を手がかりに、市場経済導入後の現代北京を動かす複雑な権力関係の一端が生々しく分析され、都市問題の深刻さを実感させる内容であっ た。
  厳善平氏「増大する流動人口と都市の『繁栄』―上海―」は、上海を事例に、地球規模で展開する都市化が現代中国 にも見られる点を指摘すると同時に、中国独特の都市・農村戸籍制度が都市の住民構成にもたらす中国的現象を分析する。すなわち、中国独自の都市・農村戸籍 制度にもとづく地域間人口移動と職業選択の制限により、都市と農村による古典的な経済の二重構造(産業の役割分担とそれにともなう所得の多寡等)を残存し たまま、都市内部に、農村戸籍をもつ新来の出稼ぎ労働者「農民工」と旧来の都市戸籍をもつ地元住民からなる新しい住民層の二重構造が形成されていく点であ る。
  厳氏の報告は、この新しい二重構造のもとで、安価な労働力が農村部から無限に供給され続けることによって、中国 の「世界の工場」としての地位が築かれたことを述べ、現代中国都市の発展が出稼ぎの農村戸籍者に依拠しているにもかかわらず、都市戸籍者による彼らへの差 別は根強いと指摘する。都市の農村戸籍者は、差別される不安定な存在であるために都市内部の周縁に集住せざるを得ず、こうして、農民工と従来の都市民の二 重構造は、都市の居住区の景観の差違となって立ち現われる。中国最大の経済都市・上海の華やかな外貌の下に淀む、現実の重苦しさに圧倒される。
  北京の住民を分析した濱本氏が、城内の住居を離れざるを得ない古くからの都市民の階層分裂を分析したのとは対照 的に、厳氏は、都市に流入する農村戸籍の移住者が、都市住民の新たな階層間の軋轢を生み出すことを分析した。異なる視角ながらも、両者は等しく、地球経済 圏の形成にともなう現代中国都市の格差の拡大と住民間の分裂を明らかにしており、現代中国都市が抱える共通の重い課題を浮き彫りにした。
  午後の部の討論者である吉澤誠一郎氏は、中国近代史を専門とし都市と農村の問題に関する広い視野で知られる。濱 本氏と厳氏の分析が社会学と経済学という社会科学からの分析であったのに対して、吉澤氏は、歴史学の立場から、北京と上海に代表される中国沿海部の都市が 直面する現状の歴史的背景を述べ、濱本・厳両氏の提起した問題のもつ奥行きの深さを指摘した。総合討論では、各都市をめぐる4名の個別報告への質問事項と ともに、都市の時代を生きる現在の歴史的意味が問われ、密度の濃い議論が展開した。 

  このように、本シンポジウムの特色は、建築学・美学・社会学・経済学・歴史学という異なる5つの専攻の研究者 が、それぞれの研究者の現地調査と文献調査にもとづき、都市と建築をめぐる問題を共通に分析した点にある。このシンポジウムによってあぶりされてきた問題 点を、筆者の観点でまとめれば以下の3点となるだろう。
  第一に、現在に直接につながる都市社会が、15、16世紀から始まる点である。漢人農耕民の移住によってフフホ トの街が形成されるのは、16世紀後半のことであり、遊牧地域に立地しながらも後背地に農業地域をもつフフホトは、畜産物と農産物の集散地や、農牧地域を 媒介する中継貿易の基地として繁栄する。特に、18世紀前半に結ばれたロシアと清朝の貿易協定によって、中継貿易の要衝として発達した。
  このようなフフホトの都市形成は、15世紀後半、雪舟が東アジアの海域貿易網を利用して訪中し、西日本の都市と 中国江南都市との同時代性を実感することと密接に関連する。15、16世紀以後に世界経済圏の形成が始まり、徐々に世界の各地域で資本の蓄積と分業が進む 中、中国大陸や日本列島も世界市場に組み込まれていった。遊牧地域における定住地の拡大や沿海部における都市化の進展は、水陸の交通網の整備と拡大に支え られ、生態環境が全く異なるかけ離れたフフホトと江南都市を、一つの世界の構成要素にした。私たちは、16世紀のフフホトや15世紀の寧波がつくりだした 世界の内部にいる。 
  第二に、特に午後の部の議論を聞いて感じた点は、現在の都市状況が、従来の歴史的経験の適応できない質の異なる 段階に入りつつあり、15、16世紀以来の都市社会の根本的変化が始まっている点である。地域差や時間差を考慮に入れる必要があるが、濱本氏や厳氏の分析 した現代中国都市をめぐる情勢は、中国独自の展開を示すとともに、程度の差はあれ地球各地の現代都市が直面する問題につながる。 
  もともと、都市には農村の共同体を解体する場としての側面があるが、歴史の長い街ほど、職業や出身地、学歴、祭 祀・信仰、家族等にもとづく都市内部のコミュニティーや地域組織が複合的に存在して、相互扶助や治安、防災、環境の維持等の役割を担ってきた。しかし、 20世紀末以来の急速な地球経済圏や情報社会の形成は、都市住民の地域組織をずたずたに壊し始めており、住民をこぼれ落ちる砂のような個人の集積に変容さ せ、都市社会の均質化をおし進めている。クッションを失った都市社会の日常生活に、権力が直接に浸透して政治が不安定となり、人びとの階層化を促す様々な 要因の一つにすぎなかった所得の格差が、人を分別するための絶対的な基準になろうとしている。 
  この状況から従来に無い新しい文化が生み出されることは確かであろうが、現状に即した中間領域を構築して人間関 係を再編することで、危機を回避する必要のあることも疑いない。緊急に解決の糸口を探らなければ、問題が一層悪化する可能性が高いのではないだろうか。   
  第三に、都市社会の変貌が都市の建築景観の姿で具体的に表現される、という点が再確認されたことの意味である。 フフホトの都市社会の変貌は、家畜市場や同業者街、仏教寺院、一般家屋の変化に現れており、江南都市をめぐる認識は絵画の中に表象され、絵画で表現された 都市が現実の都市に抱く認識をつくりあげる。この意味において、絵画は建築と同じ働きをしている。現代北京の変貌は、破壊され新築される崇文区の建築景観 の変容に現れ、上海の周縁に建ちならぶ農民工の家屋と中心部の高層建築群の対比が、上海の現在を物語る。建築物は、都市という複雑な社会構成体を繙くため の索引(インデックス)となるのである。 
  しかし、この索引によって繙かれる現代都市社会の姿は、過防備都市とか、要塞都市、排除型都市などと呼ばれる相 貌を帯びているのである。鉄の扉や窓の鉄格子により幾重にも防御された高層住宅、管理人と監視カメラを必要とする生活、路上生活者を排除する公園のベンチ や通路のオブジェの数々。北京にしても上海にしても、また東京やソウル、台北にしても、変貌する都市の景観が、包摂的な社会から排除型の社会に現代社会が 移行しつつあることを如実に物語っている。このような状況のもとで、私たちには、今、どのような思想と実践が求められるのであろうか。

  本シンポジウムに参加して感じたことは、5000年近い歴史をもつ都市という居住形態を自明の存在とするのでは なく、急速な都市化が進む現在の視点から絶えず問題化していくことの重要性である。また、中国大陸という問題系が、人類史の意味を考える際にもつ豊かな経 験の束の重みである。本シンポジウムで報告と議論を担当された方々を始め、開催に尽力されたすべての方々に、心より御礼を申し上げたい。 
(文責:妹尾 達彦)
 
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