- 日時:2006年9月10日(日)14時~17時
- 場所:岩手大学図書館2階 生涯学習・多目的学習室
- 講師:黒住真(東京大学大学院総合文化研究科教授)
- 司会:宇佐美公生(岩手大学教育学部教授)
- 参加者:45名(うち特定領域構成員7名)
- 講演概要:
- 景観班主催の本年度の講演会は、これまで中国、韓国をご専門とする方々をお招きし、それぞれ「中国宋代の祖先祭祀と墳墓、祠堂」、「中国の民衆における信仰と冥界観」、「朝鮮半島における死者儀礼と国家」についてお話しいただいた。第4回目となるこの公開講演会では、講師として東京大学大学院総合文化研究科教授の黒住真氏をお迎えし、「日本思想の死生観からの問い」という演題で、氏のご専門である日本思想史研究の中で、死生観にまつわる諸問題について多様な角度から論じていただいた。
- 最初に黒住氏自らの専門領域について自己紹介の後、「思想の複数性への視点の欠如」「生死に関する問いの欠如」など現在の日本思想史研究における「空白」問題について指摘していただいた。その後、日本の風土・歴史的特性を踏まえつつ、黒住氏の近著『複数性の日本思想』の主題にもなっている日本思想の「複数性」という観点から、死生観に関わる題材を中心に論じていただいた。
- まず、アニミズム的自然信仰からなる縄文文化に「土地・水・日」を重視する弥生稲作文化が加わることで、「現代の個の生死」とは異なった「類の生死」「関係における生死(再生)」を特徴とする死生観が古代日本においては構築されたこと、そして「他界」と現世との関係も、「近傍的他界」の方を根元として現世との間に往還関係のある他界観が根底に流れていることが指摘された。
- 宗教(巫)と政治(祝)の関係も、当初一体的なものであったが、その後中世にかけて分化の流れが現れてくる。そうした流れを背景に、死生観について和辻哲郎の『日本倫理思想史』等の著作を素材にした議論が展開された。和辻によれば、『古事記』においては、女性性をもった天照(伊勢)系の「祀り祀られる」神と、男性性を有する大国主(出雲)系の「祀られる神」の系譜があり、前者の受容性が日本の宗教の根元であり、その「神聖なる『無』、絶対者に対する態度・・・あらゆる世界宗教に対する自由寛容な受容性として、われわれの宗教史の特殊な性格を形成している」とされる。しかし黒住氏は、むしろ和辻があまり触れていない死者からの要求、すなわち「祟り」神の問題が、その後の天皇・支配者の祀りにとって大きな問題であったことを指摘する。実際「疫病」「人民の死」を憂いさまざまな怨霊を鎮めることが為政者の課題であるとの視点から、例えば法隆寺や奈良の大仏、天満宮などの造営を解釈することができる。こうした死者の霊の浄化・鎮魂によるそれらとの関係の回復をしようとする考え方の系譜が、中世の蒙古襲来や文禄・慶長の役の戦死者の「怨親平等」の考えにも流れ込んでいる。その後戦国期からの祖先崇拝及び伊勢信仰の拡大・上昇、徳川期の「神・儒・仏」の習合とともに、「生死」を巡る宗教構造にも棲み分け、変化が見られるが、そのような中で排斥の対象として刑死したキリシタンの霊を放置していること危機感を抱く新井白石の『祭祀考』の中に、黒住氏は従来の鎮魂観の伝統を指摘する。しかし、こうした考え方も徐々に非主流の考え方になっていく。そして明治期になり、帝国主義・軍国主義の時代にはいると、愛国心のもと自国中心の死者儀礼、国家神道が台頭し、それが靖国神社に収斂していく。敵味方を問わず死者の霊を慰撫する「怨親平等」の思想の復活を念頭に置きながら、黒住氏は、近代以降の帝国主義下で死者の慰霊のあり方に日本の伝統とは異質な流れを指摘する。むろん近代以降も新井奥邃、幸徳秋水など反体制的知識人の中には、愛国心の危険性を憂い、慰霊のあり方の狭隘さを指摘するものもいたが、それらは局所的で、非主流のものでしかなかった。黒住氏は、単に慰霊のあり方に限らず、かつての日本には息づいていた、様々な「他者」を受け入れそれらとの関係おいて「生と死」を意味づける「倫理」を現代において省みることの必要性を示唆しつつ講演を締めくくった。
- 講演の後、東北大など遠方からの参加者も含む二十数名の参加者により、講演内容に関する質疑・討論が行われた。この席には、本科研費総括代表の小島毅氏にも加わっていただき、近著『近代の陽明学』で示された「靖国=儒教思想に基づく神社」論なども交えて、「靖国」「国学」「日本儒学」「キリスト教」などの「死生観」をめぐり約90分間、熱心な討議が重ねられた。
(文責:宇佐美公生)
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