宗教と文明間の対話
理解の文化を築くこと
ハンス・ファン・ヒンケル(国連大学(本部)学長、日本)

日時:
3月24日(木)13:30〜17:30

主旨:
1998年9月21日、ニューヨークにおける第53回国連総会に先立ち、イランのモハンメド・ハタミ大統領は革新的な声明を発表したのであるが、そこでは人を動かさずにはおかないアピールが全世界の共同体へと向けてなされていた。

新世紀とミレニアムへの移行期にあたり、もし人類が対話を制度として定着させ、敵意と対立を語らいと理解へとおきかえることに全精力をつぎこむとしたら、後世の人々に計り知れぬ財産が残されることになるだろう。

この呼びかけに応え、1998年11月4日、国連総会は2001年を「文明間対話の年the United Nations Year of Dialogue among Civilizations」とする宣言を採択、「さまざまな文明においてなされた人類による業績、そして具現化しつつある文化多元主義と創造的多元性」などの価値が認められたのである。そして、「分裂を乗り越えることCrossing the Divide」という、なんともふさわしい表題を与えられた報告書が、ジャンドメニコ・ピコを座長とする20名の賢人グループ(文明間対話の年のために召集されたコフィ・アナン国連事務総長の私的代表団)によって整えられた。

ハタミ大統領の演説と国連総会決議の後にも多くの事件が起きた。とくに9.11とそれ以降に。これらの出来事により浮き彫りになったのは、今述べた率先的な第一歩がいかに重要であり、また時宜にかなったものであったか、ということである。文明の基礎にはそれぞれの宗教伝統があると、多くの人々は信じているのだが、1970年代末以降、世界各地で多発する戦争や紛争をかんがみると、宗教の違い、そしてこれら諸宗教が文明を形づくる仕方の違いが、戦争や紛争に大きく関与していると考えざるを得ない。これは遠い過去だけのことではなく、近年においてもいまだにそうなのだ。

分裂がいかなるものに見えようとも、「分裂を乗り越えること」は、多様性に対処しそれを正しく理解するための第一歩となる。新世代の人々にとってそれは欠かすことのできない素養となるだろう。そして宗教についての研究と、諸宗教と諸文明の関係についての研究が、対話による理解の文化を発展させる上で重要な貢献をなすことだろう。ところで、そのような対話が誠実で価値あるものとなるためには、諸国民、諸民族の平等を真に認めることが不可欠である。対話をおこなうものは誰であれ、対話相手を平等なるパートナーとして尊敬し、受け入れねばならない。対話とは競い合いではない。相手を打ち負かすことではなく、他者を理解し、尊敬の念を持つことなのだ。だから対話において重要なのは、自ら話すこと(speaking)よりも相手に耳を傾けること(listening)なのである。

戦争は何よりもまず、国家/国民(ネイション)同士、とくに隣り合う国家/国民(ネイション)同士の競い合いから生じる。競い合い、つまり優越したいという欲動がなければ、戦争が起こることも、それが広がっていくこともないだろう。紛争もまた、人々や諸共同体が平和的手段によって意見の不一致に取り組み、それを解決する能力を持たないがために生じる。力と暴力に訴えることが争いごとを解決する唯一の道であるかのようにみえることもある。争いの当事者同士が互いの真の姿を見ることができなくなっている時、そうした力と暴力へ訴えることが選択の余地のないものとして立ち現れるのだ。実に戦争は、恐怖と偏見と誤解の産物である。しかしこういった病理はすべて、本質的には他者に対する無知に関連しているのであり、知識によって癒されうる。だからこそ、宗教や信仰、人々の価値についてより深い知識をもつことは、対話による理解の文化へと向かう上での大きな一歩となるであろう。



ハンス・ファン・ヒンケル(Hans van GINKEL)

1997年、国連大学学長に就任、現在に至る。バンコクのアジア技術研究所(AIT)評議会副議長、アカデミア・ユーロペア会員。オランダ、ユトレヒト大学前学長。エンスヘデー、ITC航空宇宙探査・地球科学研究所元名誉フェロー。2000年8月から2004年7月まではパリの国際大学協会(IAU)会長を兼任。その他、専門家諸団体のメンバー、役員を務める。1979年、ユトレヒト大学より優等で博士号を取得。1997年にはルーマニアのバベシュ・ボヨイ大学より、2003年にはカリフォルニア州立大学より名誉博士号を授与される。都市開発、地域開発、人口、住宅問題、科学政策、国際化、大学経営などに関心を有し、さまざまな国際教育機関で活躍する。