戦争とヘルスケアにおける神経政治(ニューロポリティクス)
イブラヒム・ムーサ(デューク大学、米国)

日時:
3月26日(土)9:00〜10:30

主旨:
戦争の技術は、生物医学技術と同様に、私たちの死生観を根本的に作りかえた。戦争とヘルスケアという領域において、技術は生と死に関する私たちの理解と概念を根本的に作りかえたのである。国家以外の主体が支援するテロという形式であれ、国家が支援するテロという形式であれ、かつては暴力的で、道徳的に反対されるべき戦争行為のやり方だと見なされたものが、メディアや政治で用いられる語彙によるある種の慎重な社会言説のカテゴリーのなかにも、徐々に受け入れられるようになっている。同様に、生命維持装置によって人間の肉体という有機体的生命を維持すること、臓器移植による人体部品の継続使用、これらは、私たちが受け継いできた死生観とは根本的に相容れないものである。
 政治哲学者ウィリアム・コノリーは、我々は神経政治(neuropolitics)の新たな局面に入ったのだと主張する。そこでは思考とスピードによって、自己イメージ、文化イメージの新しい様式が生じるのだという。本発表ではコノリーの洞察を参照しながら、戦争と生命倫理の問題を一般論として考察する。その上でさらに、ムスリム倫理学においてなされてきた討議と実践にこの問題がどのように抵触するのかを探りたい。


エブラヒム・ムーサ(Ebrahim MOOSA)

2001年よりデューク大学に着任。イスラーム思想、とりわけイスラームの法、倫理、神学、批判理論などに関心をもつ。宗教学部助教授(Associate Research Professor)、ムスリム・ネットワーク研究所主幹。以前は、母国の南アフリカ、ケープタウン大学で教鞭をとり、またスタンフォード大学で客員教授も勤めた。12世紀のムスリム思想家、アブー・ハーミド・ガザーリー(1111年没)の法思想における言語と神学の密接な関係に関する博士論文を執筆。単著 Ghazali and the Poetics of Imagination が2005年5月、ノースキャロライナ大学出版部より発刊予定である。イスラーム思想について多数の論文を発表。その主題は、人権等の問題を含む倫理と法、女性の権利、ムスリム家族法、医療倫理、政治倫理、さらにはコーラン釈義、中世イスラームの法と哲学に関する歴史的研究など、広範にわたる。宗教伝統と近代性との衝突のあり様、歴史と文化という新たな概念とイスラーム的遺産との対話的なかみ合いの様などにとくに関心を有する。