文章表現Ⅱクラス  大学の国際化

「知」のパラダイムを考え直して

 

日本語日本文学  フェレ アントナン(フランス)

 

大学は、世界に開かれた機構としての立場を維持してきた。数年前から、グローバル化された環境に対応すべく、大学をはじめとする各種の研究機関の「国際化」が促されているが、十九世紀を中心にすでに大学を対象にした国際化が目指されてきたという事実は念頭においておかなければならない。

大学のこの第一次の国際化とは、産業革命後に、科学的精神が学問の全分野にわたり発展してきたことと密接に連動する変化である。その当時、現実に確固とした根拠をもち、そこから絶対確実な成果を導き出すような研究方法―いわゆる「実証主義」が、「知」の生産と伝授を規定する支配的構造(パラダイム)として、はじめて高等教育制度の基底に据えられたが、その趨勢自体が大学をめぐる第一次の国際化とはいえないだろうか。なぜならば、「実証主義」とは、個人、社会、文化の各レベルにまつわる特殊性や諸偏見を越え、あらゆる人間に承認できる―換言すれば否定できない―「真実」への夢想だからである。

さて現在は、全世界の高等教育機関を中心に、第二次の国際化が促進されつつある。第一次の国際化にあたっては、学芸部・医学部・法学部・神学部からなる、旧制度の四部構成が破壊され、文献学・数学・物理学などを含む教育科目の多様化が図られたのだが、第二次の国際化というのも機構上の変化に見て取れる。それは、多分野横断型の研究計画の推進や、在外の研究機関との交流の強化等に顕著にみられるのであるが、こういった変化も基本的には「知」が新たなるパラダイムの支配下に捉え直されていくことの付随的な現象に過ぎない。

国境を越えた規模において大学が置き直されたことに伴う、こういう「知」の再形成は、以下の傾向によって裏付けられる。

① 実証のみを重視するような研究態度から「知」が解放されて、現代の争点に緊密に結びついた言説において活用されていくこと。

② 財産と性質を同じくするともいえる「知識」のかたちから「知」が脱して、世界的に共有化されていく諸問題の解決への手掛かりとなるべき「能力」へと変容すること。

こうして「知」に潜在する活力を、世界全体に共有される諸問題に対して応用することが、今日では有力なパラダイムとして「知」のあり方を規定している。これからの大学の「知」がどのようなかたちで生き続けていくのかは、窺い知ることができないが、最低限言えるのは、「大学」を中心に、各時代の世界観に即した「国際化」がなされてきただけに、大学の「知」とはそもそも「世界」との有機的な関係においてしか変容していかないということである。