文章の書き方(集中授業)クラス  賛否の述べ方

古典マンガは古典かマンガか

 

社会学  金 璨秀(韓国)

 

最近、書店に行ってみると、マンガ教材が多く出版されていることに気づく。90年代には歴史物が主であったが、近年は歴史はもちろん、ほぼ全科目に亘って『マンガで学ぶ○○』というさまざまなマンガ教材が出版されている。さらに古典までマンガで読める時代になった。

 ほかのものはともかく、古典までマンガで読むのははたして望ましいだろうか。私はそういう「マンガで読む古典」には反対である。

なぜなら、まず、今日の我々が古典を読む理由は、古典が「教材」であるからではないからだ。生徒が古典を読む必要性は単に「覚えて、試験の問いに答える」ためではない。古典の価値はその話の中から先祖の知恵を読み取ることである。だから、読み手が古典を直接読み、解析し、彼らの考え方を吟味することが大事である。マンガは作家の解析過程が一度加わるので、それができないだろう。

次の理由は、生徒の読書力や読書習慣とかかわってくる。読書の重要性は言うまでもない。だが、アンケート調査の結果からもわかるように、マンガで古典を読んだときの印象が好意的でない生徒ほど、読書の頻度が高い。もちろんマンガ古典に対する好意度と読書頻度はどちらが原因であり、どちらが結果であるかは、さらに分析しなければわからないが、この二つの間に何らかの相関関係があることは明らかで、示唆に富んでいる。

もちろん、マンガで古典を読むことが必ずしも害であるわけではない。しかし、以上述べたように、古典の価値は、話の内容を把握するためだけではない。今日を生きている我々が古典を読むべき理由と、生徒にとっての、読書力の重要性について、改めて考えなければならない。今がまさにそれをすべき時なのではないかと思われる。