文章の書き方(集中授業)クラス  意見文の書き方

オリンピック精神と現代社会

 

宗教学宗教史学  金 大榮(韓国)

 

 オリンピックは人間の限界を知ろうとする公式的実験であると言ってもよいだろう。オリンピックの競技を見ていると、人間はどこまで飛べるのか、どれほど早く走れるのかを測定しているように見える。つまり、オリンピックは、人間の限界ははたしてどこまでなのかを絶えず問うている実験のようなものである。

 しかし、オリンピックはルールの重要性を教えてくれる。すべての参加者はルールにしたがって、自身の力を競い合うのである。もしルールを守らなかったりすると、競争ではなく、戦争になるであろう。それゆえ、オリンピックにはルールを守り、相手のことを尊重するフェアプレーの精神が強く求められるのである。

オリンピックにおいて人間の限界を知ろうとする点、ルール厳守を求められる点は、現代社会によく似ている。ルールを守りながら、幸福を得るためにがんばる社会の姿は金メダルを取るためにがんばる選手たちの姿とそっくりではないか。

しかし、現代社会はルールを無視してまでも金メダルを取ろうとしているのではないか。それは人類が追求してきたオリンピック精神あるいは道徳の喪失である。

オリンピックは社会の縮図である。適切なルールの中で、実力を競うことはいかに感動的で美しいことであろうか。ルールを無視したとたん、オリンピックであれ、社会であれ、すべてが崩壊してしまう。ルールが社会を安定してくれる基本であることを忘れてはならない。