文章表現Ⅲクラス  日本語表記の歴史

明治時代の書き方

―漢字表記を中心に―

 

日本語日本文学  スウェック カタジナ(ポーランド)

 

明治時代の日本語の漢字表記は、現代と違って、全く統一されていなかった。概していえば、漢語に限らず、和語や外来語すらも漢字により表記したいという当時の知識層の強い意欲が、書き言葉の「揺れ」を生み出したといってもよいだろう。

具体的に、その原因としては、日本語の語彙体系内に、和語と中国語からの借用語である漢語とが混在していたことがあると思われる。また、書き言葉の表記方法の特徴として、表意系文字である「漢字」と、表音系文字である「仮名」が並存していることが挙げられる。日本語の独自の表記の形成期に当たる平安時代に、「公」と「私」という各種の表記が果たす役割の分担が明確になり、時代が下るにつれて、中国より伝播された漢字の権威が次第に強まった。その支配力が漢語に限らず、和語にも及んだ。漢字の読み書き能力は、どの時代においても教養の証しであったが、明治時代になると、標準的ではない語形も含めて、和語を漢字で書く試みが見られる。しかし、強調しなければならないのは、当時は、漢字の「音・訓」すら固定していなかったことである。そのため、新聞や雑誌などの新メディアの発達と相俟って、次第に拡大していく読者層の混乱を防ぐために、振仮名の使用が広く導入された。更に、漢字は、海外の地名や人名などの外来語の表記にも使われていた。その場合、「表意的な書き方」と「表音的な書き方」という二つの表記原理を駆使することになった。

しかし、上記のような複雑の表記原理の併存や併用は、決して新しい現象ではあるまい。また、漢字に限られているわけでもない。というのは、仮名表記の場合も、同様の傾向が見受けられるからである。平安期に、漢字の簡略化により生まれた、「変体仮名」という総称で知られる様々な仮名文字の表記があった。しかし、それは決して体系の未熟さの結果であったとは言えない。むしろ、多種多様の視覚的効果を生み出し、文字にバリエーションを与える仕組みであったといってもよいだろう。したがって、明治期における書き言葉の「揺れ」を、体系化や秩序の欠如として、一方的に、否定的に捉えるだけではなく、表現の豊富さの追及として、肯定的に見ることも可能であろう。