文章表現Ⅲクラス  日本の国土

日系ブラジル人とブラジル国土

 

文化経営学  ペルシチ マルコス(ブラジル)

 

ブラジルは1年後サッカーワールドカップを開催する国であり、現在の経済成長はその国際的なイベントの準備に支えられていると言えるだろう。

2014年には世界各国からサッカーチームがブラジルを訪れ、競技に参加する。ブラジルはサッカーの国として知られるが、実はサッカーは英国からブラジルに入り、時間の流れにつれて非常に普及し、国民的スポーツになったのである。今回のブラジルワールドカップには英国のチームも参加する。サッカーの評判が高いブラジルチームだが、現在非常にプレッシャーを受け、積極的に練習している。

ところで、現在のブラジルを成立させた力の一部は移住者であると言っても過言ではない。19世紀からブラジルは世界各国からの移住者を受け入れた。やがて、その移住者たちの中に日本人も加わり、奴隷解放後人口が激減した農業に従事した。

1908年にはじまったブラジルへの日本人移民はすでに100年を越え、日系ブラジル文化がブラジル文化の一部であることは否定することはできない。さらに、ブラジルの国土と深く関った日本人は、ブラジルの食文化の変化にも重要な影響を与えた。

ブラジルへの日本人移民がはじまった時、ブラジルの主な食べ物は牛肉であった。当時は野菜を食べる習慣はほとんどなく、ブラジルの主な農業活動はコーヒーであったために、野菜畑は少なかった。日本からブラジルへ移民した日本人は、最初のうちは非常に苦労せざるをえなかった。ブラジルの環境や気候や文化は日本とはまったく異なり、言葉も通じなかった。それにもかかわらず、最初の時期を経て、農業で成功した日本人が少なくなかった。その一つの理由は、日本人は農業がとても上手だったということである。それはそもそも日本の国土と関係がある。

日本では畑のための土地はブラジルと比較して少ないため、日本では土地を上手に使わなければならない。それに対して、ブラジルは土地が非常に広く、しかも自然資源が豊かである。そこで日本人はさまざまな種類の野菜を耕作し、他の移住者と一緒に農業革命をおこした。現在のブラジルのサラダの習慣は日本人移住者と深く関わっている。

だが、自分の国を離れた日本人には祖国の情報が届きにくかった。その一つの例を挙げると、第二次世界大戦後、ブラジルの日本人コミュニティーでは、日本の敗戦を信じなかった日本人が多かった。それはそもそもブラジルと日本が敵だったため、日本とのコミュニケーションが取れなかったからだ。

しかし異なる見解もある。たまに古い移民史の本に書いてあるが、日本人は日本が負けたということを確認できても、心はなかなかそのことを受け入れられなかったというのである。このことはまさに日本人とブラジル人の国との関係の違いを反映していると言えよう。ブラジルは若い国だからブラジル人はまだ自分の国との関係は若い。だから、このことをブラジル人に説明することはむずかしいだろう。だが、もしブラジルが今度のワールドカップに負けたら、多分「心はそれを受け入れられない」と言うブラジル人が出るのではないだろうか。