文章表現Ⅱクラス  課題に即して書く

友人

 

韓国朝鮮歴史文化  李 遠根(韓国)

 

 「友人」についての話は昔からある。『論語』には、「有朋自遠方来、不亦樂乎」(朋あり、遠方よりきたる、また楽しからずや――友人が遠くから来るのはなんと楽しいことか)とか「與朋友交言而有信乎」(朋友と交わりて信ならざるや――友人と交わるときに誠実ではなかったのではないか)(以上「学而第一」)などという言葉があるが、これに見られるように、昔から「友人」は大切に思われていた。

 さて、「人間にとって大切なこと」は何かについて、『十訓抄』は「人は善友にあはむ事をこひねがふべき也」(人はよい友人に巡り会うことを強く願うべきである)と述べている。また、室鳩巣の『書簡』には「人は明師良友に遇はざるを患ふるのみ」(人は優れた先生、よい友人に巡り会わない事を悲しむべきである)と書かれている。このように人間関係、特に友人についての名言は多い。

 それでは、いい友人とはどんな人間か。『論語』「学而」編では、「無友不如己者」(おのれにしかざるものを友とするなかれ)と述べている。これは文字どおり「自分に及ばない人は友達にしてはならない」という意味ではないだろう。つまり、「よい友人と呼べるのはどんな人物か」を述べているのだと考えられる。伊勢貞丈の『貞丈家訓』には「友達は、相互に遠慮なく、悪き事をば、悪きよしを言ひて異見をして、悪き事を改むべし。是相互に友だちの慈悲也。(友人は、互いに遠慮がなく、よくないことについては、よくない理由を言って反対し、改めるのがよい)とある。これは互いに友人として持つべき思いやりである」と述べているが、これがいい友人の資格だと思う。すなわち『論語』における「友人」には、『貞丈家訓』の友人のようになれという意味が含まれているのであろう。