寄稿 

留学生の「境界人」という境遇

 

                            彭  浩中国

 

日本留学の7年間、様々な留学生向けの交流会に参加したが、そのような場でよ

く言われたの、「皆さんにはぜひ日本と祖国との架け橋になってほしい」というこ

とである。言い換えれば、留学生は国による文化の壁を越えて国家間の相互理解お

よび各分野での協力に寄与できると期待されている。しかし、留学生は異文化間の

架け橋になりうる一方で、「境界人」としての性格も持っている。

 「境界人」については、東大日本史研究室の村井章介先生の境界論で議論されて

いる。私なりに解釈すると、近代以前においては、国と国の間に明確な境界線が引

かれる場合が少なく、境界は線というより空間のような形を呈しており、境界の空

間にいる人々は「境界人」と考えてよかったということだろう。たとえば、日本の

中世において東シナ海で活動していた「倭寇」は、中国人・日本人・朝鮮人・ポル

トガル人からなる多民族の連合体で、多元的な文化を包摂しており、どの国に対し

ても特別な帰属意識がなかった。近世になると、東シナ海の国際秩序の安定化に伴

い、「倭寇」的な状況は消えていったが、明清交替による戦乱を避けるために中国大

陸から日本に来た人々および彼らの子孫が長崎で唐通事、すなわち中国語の通訳と

して雇われるようになった。彼らは日本にいるものの、中国文化への親近感を持っ

ており、一種の「境界人」のような存在だったと考えられる。

 私の個人的な経験では、現在の留学生も類似した境遇にいると思われる。たとえ

ば、私は、日本語で日本人と交流することはできるものの、意志を表現するには不

自由と感じることや、話題の背景知識が欠けるため日本人同士の会話を十分に理解

できないことがやはり少なくない。その一方で、母国語のレベルも衰えてきた。特

に翻訳する時、日本語の単語や表現を中国語の訳文にそのまま写したり、構造的に

和文に近い漢文を書いたりすることがよくある。また、文化の深層はともかく、味

や愛用品の好みにも、日中折衷の傾向が現れる。私の場合、どうしても日本の白い

お酢に慣れず、中国の黒い香酢に未練がある。同時に味の濃い中国の醤油より、甘

味のある日本の醤油のほうが好みである。また、中国のお茶を愛飲しながらも、日

本の茶道具に現れる質素の美に魅了されている。

 このように、留学が長期化するとともに、「境界人」としての文化的帰属感の鈍化

も生まれる。しかし、それを感じて悲観的になる必要はなく、むしろその限界を意

識してこそ、現実的にはより大きく貢献できるのではないかと思う。