文章表現Ⅱクラス  自由テーマによる小論文  

ザミャーチンの短編小説におけるポリフォニー

 

スラヴ語・スラヴ文学  張  忱(中国)

 

二十世紀ロシア文学ないし世界文学の中で、アンチユートピア小説の開拓者であるエヴゲーニイ・ザミャーチン(1884―1937)は、ロシア文学史における銀の時代という非常に重要な時期を検討する際、見逃せない作家と言えるだろう。ロシアのリアリズムが世界文学の頂上に登った黄金時代と対比すると、こうした銀の時代はリアリズムも残っているものの象徴主義が主流である。しかし、ザミャーチンはとくにどの流派にも帰属せず、「ネオ・リアリズム」[1]を提唱し、「新しいロシア散文」[2]を実践した。二十世紀「新しいロシア散文」という理論の発明者として、ザミャーチンは常にプロットの単調さとファンタスチカの欠如を克服しようとする。しかし、先行研究はほとんど彼の「ネオ・リアリズム」や「総合主義」などの解析に集中しており、作家のポリフォニー手法に関しては、未だに不明な点が多い。文学の革新を目指し、過去文学を凌駕できるポリフォニーはどのようにこの作家の短編小説において建築されているのだろうか。
 本研究はザミャーチンのポリフォニー小説における特徴を発見することを目的としている。このような手法の斬新さを解明するためには、長編小説よりむしろ、ポリフォニーが最も明晰に構築されている短編小説を分析する必要がある。ここでは、特にポリフォニーの一環である「カーニバル」手法の運用に注目し、ザミャーチンのポリフォニーはどのようなモチーフを持っているのかについて検討する。
 本論ではまず、ザミャーチンの長編小説『われら』におけるポリフォニーの特徴について述べた上で、短編小説である「北方」、「洪水」、「洞窟」、「聖灰水曜日に起こった奇跡」、「最も大切なことについての物語」などを例として、巧みに成し遂げられた言語ジャンルの広闊さと幻想時空の深遠さへの探索を試みる。

 一、長編小説『われら』におけるポリフォニック言語の多様化

長編小説、『われら』においては、小説のクライマックスで、主人公D503「慈愛の人」と対面する。このようなプロットはドストエフスキーの「大審問官」に対するパロディとして考えられる。ロシア文学の伝統的テーマ――理性と不合理、自由と幸福、水晶宮への反発――などの問題を扱い、「自由」と「幸福」の対立が取り上げられている。しかし、昔の古い文学と異なり、ザミャーチンは自分の提唱する理論である「総合主義」を実践している。第一に、レアリノスチとファンタスチカのジンテーゼを成立させている。両者の機能を結合することによってプロットにはファンタスチカの要素が必ず入り、現実性だけで仕上げられた通俗なプロットが避けられる。第二に、そのためにダイナミックなプロットを作っている。即ち、主人公は壮大で、波乱万丈なプロットの中で、おおいに活躍する。したがって、ザミャーチンの創作は過去における文学のファンタスチカの欠如、そしてプロットの貧困を解決していると言えるだろう。具体的に、『われら』という作品ではモノフォニックおよびポリフォニックな言語はどう対立しているのだろうか。小説の始まりでは、主人公の言葉は「モノフォニック」な言葉であり、個人の言葉は誕生していなかった。しかし、やがて言語は多様化していく――まず、単一の世界観・イデオロギーに統率された「単一国」では、言葉も統一的に様式化されており、同時代のユートピア的志向に呼応する「単一国」の「環境の言葉」が生じる。つまり、モノローグが形成されていると言えるだろう。次に、ほかの主人公と言葉を交わすことで、自己意識が生まれ、D503が持つ言葉は「環境の言葉」から見ると「他者の言葉」になり、モノローグの体系に流入する。さらに、単一の絶対的言語の否定によって、対話的なダイナミズムが生じる。最終的に、「慈愛の人」と論争するエピソードが主人公に「自分の言葉」を獲得させ、ポリフォニーが形成される。
 要するに、長編小説『われら』においては、言語の多様化はこうしたプロセスによって徐々に出来上がっていく。これに対し、短編小説のポリフォニーは異なる方法で建築されるのである。以下で、その特徴を具体的に検討する。

 二、短編小説におけるポリフォニーの手法

ポリフォニーが可能になる要因としては、言語の多様化が挙げられる。しかし、『われら』では、小説の最後に処刑された主人公は自分の言葉を失い、モノローグの世界に還元されたとも言えよう。長編小説では、直線のプロットで言語が時間的に変化するのに反し、短編小説ではポリフォニーはより徹底しているように見える。
 まず、1920年に創作された「洞窟」を取り上げ、言語層を分けて縦面に空間的なポリフォニー図式を検討する。「洞窟」の構造は空間的に二つの世界に分けられるが、個々の世界に異なる言語ジャンルが小説の始まる前にすでに存在している。戦時共産主義下の荒廃したソ連の都市生活を穴居時代の原始生活になぞらえ、洞窟という人間のユニットが生きる、限られた世界が小説の舞台となっている。一方、無数の洞窟を凌駕し、支配する氷雪の世界がある。これは言うまでもなく、戦時共産主義政府に対するメタファーと考えられている。すべての後ろに立っている作家は違う世界、そして違う言語ジャンルを静観できる。したがって、主人公の意識のもとで生まれる描写、認識、言語と、語り手(作家)によって供給される描写、認識、比喩(洞窟、洞窟の神、マンモス、岩)が混在し、堅固で、攻められないポリフォニーの結構が生まれている。
 また、このような言語ジャンルの多様化を強調した作品である「最も大切なことについての物語」では、三つの世界(言語ジャンル)が描かれ、しかも並列に話が続くのではなく、きちんとした対話も見られる。地球では二つの世界(監獄の辺りに住んでいる人々と旧ソビエト政府の監察官たちの世界)が同時に進行し、地球に衝突する星の世界に住んでいる四つの生物の葛藤、そして三つの言語ジャンルは「空気の希薄さ」や「死の到達」などといったテーマによって繋がっている。さらに作品「北方」では、プリミティブな世界に住んでいる野蛮民族の主人公が町に小さな店を経営する主人公とかかわり、並列して編み込まれていく構造が見られる。作家が不条理の世界観に基づき、奇妙なポリフォニーを成立させることが可能なのは、様々なジャンルに帰属する人物が別々に持っている、特徴ある言語が衝突しあうことによるのであろう。
 草野慶子氏が述べているように、ザミャーチンの短編小説においては、ダイナミズム(対立)の性質が際立つ[3]1929年書かれた「洪水」では、主人公ソフィヤとガーニカの対立性と共同性がダイナミックなプロットの実践である。即ち、前者は後者を殺害しなければならないが、一方ではこの殺害のみによって、前者の妊娠が可能なのである。殺すという行為が発生するまでは、ソフィヤには実際に「生」がなく、永遠に不妊の「死」に陥っていた。(娘の役目だった後者を殺してからまさにその夜、前者は妊娠し、新しい生命を誕生させ得るようになったのである。)ガーニカを殺害することなしには、ソフィヤばかりかガーニカの再生もありえなかった。ソフィヤとガーニカという二項対立、二者相克が「死と再生」の弁証法である。つまり、「生産的」に意味付けられるダイナミズムは決して調停されることは不可能である。ソフィヤとガーニカ両者がダイナミックにぶつかりあい、相克から死へ、そして再生へというザミャーチンのダイナミズムの図式が存在する。
 このように、ポリフォニーの一種である「カーニバル」の手法が用いられた。「カーニバル」によって、主人公を秩序が徹底的に壊された幻想環境に分散させ、対話式の関係が成り立ち得た。「カーニバル」の最も重要な意味である「逆転から再生へ」という精神が「洪水」を貫いている。対立から危機へ、死から再生へという形でカーニバルの文学作品が誕生した。上述した「北方」という作品では、愛しあった男女の主人公の間に殺意が芽生え、森の熊が襲ってくる瞬間に、発砲できない銃を持ち、死と対面した二人に、過去の神聖な接吻の記憶がようやくよみがえる。「灰水曜日に起こった奇跡」では、主人公はミサの時に倒れた、自分の同性愛の相手である大主教に妊娠させられた女性を目撃し、自分も気が遠くなる。目が覚めると女性の代わりに男性が妊娠の状態となっている。小説の結末に関して、長谷川氏は「『女性』にたどり着いたところで終わっている」と述べている[4]。カーニバルのモチーフに基づいて、主人公の「性転換」も成し遂げており、作家の「逆転から再生へ」という主旨は明らかであろう。
 ザミャーチンは小説にポリフォニーを用いて、何を描こうとしたのかという点に関しては、過去の文学とまったく違う方向性が見えるだろう。ザミャーチンの創作モチーフに関して、西中村氏は「(ザミャーチンは)チェーホフを代表とするリアリズムの末期作品に囲まれ、リアリズムの本質的な特徴を発展的な目線で鋭く評価し、象徴主義者として、存在する物事以外のものを求め、真理を剥がそうとした。象徴主義者たちは偶然的な、有限の現実をとおして永遠のものを見、表現しようとし、外の現実に対しては否定的、懐疑的である」[5]と述べている。
 しかし、筆者はこの見解には疑問がある。たしかにザミャーチンは有限をとおし、真理と本質を剥がそうとしたが、象徴主義と異なり、存在する物事以外のものではなく、現実そのものを模倣し、パロディのように現実を非現実的に再現しようとしたのだと考える。外の現実に対する態度は否定的どころか、「洞窟」、「北方」などの小説では、現実社会のパロディを作り、もうひとつの世界と並列させ比べさせ、現実を丸出し、そのすべてを誇張しようとしたのではないだろうか。これについては、「(作家が)言葉による現実の様式化を、すなわち自立したもう一つの現実の創造を企てた」[6]という見解が注目される。すなわち、リアリズムの末期に生まれたザミャーチンはリアリズムの本質を鋭く把握する一方、象徴主義をも常に乗り越えようとしたのだと言えよう。 

参考文献

1 西中村浩「E.ザミャーチン:『われら』とロシア・アヴァンギャルド」、『ロシア語ロシア文学研究』(19)1987

2 草野慶子「ウェルズからザミャーチンへ : 「ネオリアリズム」の誕生」、『ロシア文化の森へ : 比較文化の総合研究』、2001

3 草野慶子「ザミャーチンの創作における「神話」と「ダイナミズム」」、『ロシア語ロシア文学研究』(25)1993

4 桑野隆『未完のポリフォニー』、未来社、1990

5 Bakhtin, Problems of Dostoevsky’s poetics, Manchester University Press, 1984

6 Bakhtin, Speech genres and other late essays, the University of Texas Press, 1986

[1] 「ネオ・リアリズム」とは、象徴主義と自然主義を融合する手法である。また、作家の主張する総合主義синтетизм)は、文学や絵画といったジャンルにとらわれず、様々な芸術の成果を取り入れながら、新しい創作方法を築いていく姿勢を指す。「ネオ・リアリズム」を発明したザミャーチンによって、総合主義がダイナミックに実践されたので、「ネオ・リアリズム」を総合主義の一部として考えられる。

[2] 「新しいロシア散文」の理論を主張するザミャーチンによると、「叙情詩人は自分だけを体験するのに対し、叙事詩人は何十人もの、時には何千人もの自分以外の、他の個人を体験しなければならない」。さらにバフチンは「詩人は他者についても自分の言葉で語る;それに対し、散文作家は自己に関しても他者の言語で語ろうとする」という。ザミャーチンの「新しいロシア散文」はポリフォニーとしての位置づけは定着されるのだろう。(西中村浩「E.ザミャーチン:『われら』とロシア・アヴァンギャルド」、『ロシア語ロシア文学研究』(19)1987p81)  

[3] 草野慶子「ザミャーチンの創作における「神話」と「ダイナミズム」」、『ロシア語ロシア文学研究(25)1993p.1735

[4] 長谷川章ザミャーチンの作品における「父性」:「聖灰水曜日に起こった奇跡」と「聖蚤伝」を巡って』、Slavistika : 東京大学大学院人文社会系研究科スラヴ語スラヴ文学研究室年報1995、p.433 

[5] 西中村浩『ザミャーチンとロシア象徴主義――ネオリアリズムの成立過程』、Rusistika : 東京大学文学部露文研究室年報 21982p.82

[6] 安岡治子集英社ギャラリー「世界の文学」ロシア』、1990、p.1158