読解Vクラス  坊っちゃん
 

『坊っちゃん』の読後感

 

農学  閔 ボラン(韓国)

 

夏目漱石という作者の名前は、韓国にいた時、よく耳にしたせいか、今回の日本

の授業で初めて『坊っちゃん』という小説を読んだ時には、実はそうではないのに、読

んだことがあるものをもう一度読んだような気持になったほど、馴染みのある内容だと

ひたすら感じた。

 人間の記憶力を一番強く働かせるところは、小説の最後の部分であり、二番目は

初の部分だと言われている。しかしながら、私の場合、藤澤先生に誠に申し訳ないが、

個人的に、多少長かったと感じていたり、季節的に身体が疲れていたため集中力が足

りなかったせいもあって、最後のところは本当に、内容よりも強い印象を受けたところし

か頭に残っていない。そのため、一番強く残っている部分は逆に小説の最初の部分で

ある。 

 坊っちゃんという主人公は子供のころ、無鉄砲で冒険心の強い男の子だったので、

怪我をしたことも一回ではない。真面目な兄が一人いた坊っちゃんは、親からは愛され

ないで育てられるが、清という奉公人の女性は坊っちゃんの母親の役割をしてくれる。

坊ちゃんがどのようなことをしたとしても、たくさんの愛情を持って坊っちゃんをほめてく

れる。

 ここで思われるのは、坊っちゃんが先生になれたのは清の沢山の助けのおかげで

ないかということである。また先生の仕事をしている時の、学生たちの坊っちゃんに対

するいたずらも、清のような一種の愛情ではないかと考える。

 韓国でもほぼ同じ発音で、同じ意味として使う「無鉄砲」という言葉は、もともと日本語

だったのかもしれないとも考えさせてくれる。なぜなら、日本の植民地であった韓国で

は、日本語の玉ねぎや弁当、さらには爪切り等、日常生活でよく使う言葉が、自分の

父親を含んで50代の世代にまだまだ使われているからである。

 また小説の最後によく出てくる学生たちの方言は、印象的であった。先生の説明

あったからこそ、それが方言だと分かったのだが、標準語に似ている方言もあるのだ

と分かるようになった。

 総合的に言うと、この『坊っちゃん』という小説は、一人の成長過程を描くものであっ

て、まだまだこれから生きていく時間が長い私にそれを間接経験をさせてくれたのであ

る。最後に『坊っちゃん』の中で登場するお蕎麦屋さんや温泉には、今度、旅行先と

してぜひ行ってみようと思っている。