読解Wクラス  友人についてー記事を読んで意見を書くー
 

友人についての断想

 

韓国朝鮮歴史文化  金 東煕(韓国)

 

生命は進歩する。人間も人生という遊び場で様々な関係を結ぶことで成長するはず

である。この「関係結び」の真ん中に、友人という美しく尊い人格がある。自分の経験を

顧みると、僕の生命は「関係結び」によって肉体的生命から社会政治的生命を経て、

霊的生命に進化してきたと思う。

僕の肉体的生命は、運命共同体たる家族の巣で生まれ、両親兄弟との「関係結び」

を通して芽生えたものである。肉体的生命は、社会政治的生命と霊的生命の基盤であ

るので、肉体的生命無しにこれらの生命は成り立たない。家族という巣を離れ、家族よ

り広い遊び場である社会で友人たちに出会った。

専ら祖国の統一と民主化だけを考えて青春を過ごしてきたという意味で、僕たちは

お互いを同志と呼んだりした。歳を重ねるうちに多くの同志は、青年時代の「意と志」を

裏切って自身の政治的夢を追って行った。また、数は少ないが、そのままの純粋さを

守って、祖国の統一のため献身的に活動している友人もいる。どのような形で生きて

いても、すべての同志は依然として僕の心の中に生きている永遠の友人であることは

間違いない。

僕が選択した道は、社会政治的な論争を超えて、霊的生命を育てることである。

はあらゆる生命体がその奥底に、神と直接につながる神聖さを持っていると信じる。こ

の神聖さを、生きているうちに味わうことができれば、一瞬の人生であっても永遠を生

きられるであろう。そこで、僕の霊的生命の段階で出会うべき友人は、僕を真に生かし

てくれる、僕自身の奥底に生きている何かの存在である。つまり僕にとっての友人は、

あらゆる生命体の中心にも生きている、あの存在なのである。