文章表現Uクラス  友人についてー引用して意見を述べるー
 

友人

 

日本史学  金 キョンテ(韓国)

 

友人とは人間にとってどのような存在なのか。また、どのような存在であるべきなのか。

留学生として日本に来て、私はようやく友人の大切さを感じるようになった。やはり人間はひ

りでは生きていけないのだ。生意気
な私は、いつも孤高らしに憧れていたが、自分を認

てくれる友人がなくては、井の中の蛙であるだけではないかと、今改めて考えるようになっ
たの

だ。
たして私には真の友人がいるのか、と交友関係について顧みようと試みた。

 「人は善友にあはむ事をこひねがふべき也[1]」である。ひとりでこもっていては友人には会

えない。
自分の努力も必要なのだ。しかし、「人は明師良友に遇はざるを患ふるのみ[2]」だ。

だ友人を作ることよりもよい友人を()ることが大事なのだ。りに単なる知り合いが多く

いる
よりも、一人であっても真の友人がいるほうがよいのではあるまいか。

では、よい友人とはどのような間柄を指すのか。宗親は『祇園物語(1640)で次のよう

っている。

友といふは、心を残さずうち語り、高き賤しきを忘れ、たがひに悪しき事をなほし、心の

深からんこそ友ならめ

周りにいくら多数の人がいても、腹を割って話し合えるただ一人の友人がなくてはひとりぼっ

ち同然であろう。
欠点や間違いを正直に言っても、言われても互いに怒ったりしないのも友人

ある証であると思われる。

 では、そのような友人を得るためにはどうしたらいいのか。その点について、本郷の随所に

その足跡が感じられる森鴎外はこのように語っている。「
ることをめよ。まことの友は一

二人あらば
りなん[3]」。そうだった。わざわざ増やそうと走りまわる必要はない。数が少な

ともそばにいる友人を大事にし、自分も大事な人になるため努力することが重要なので
ある。

 いつになるかはわからないが、私は今日も友人の訪問を楽しみに待っている。「有朋自遠方

来、不亦楽乎」[4]。私も韓国に帰るときまでにそのような「友人」になっていたいものだ。



[1] 『十訓抄』, 1252

[2]  室鳩巣『書簡』, 1696

[3]  森鴎外『心頭語』, 1900~1901

[4]  孔子「学而 第一」『論語』