王国維
 
言語動態学  ケ 佑玲(中国)
 
 これから紹介する人物は、中国の清朝末の学者「王国維」である。王は1877年に生まれ、1927年北京大学の中にある「未名湖」に投身自殺をして亡くなった。浙江省海寧の出身である。
 六歳の時母がなくなってから彼はふさぎ込むようになった。父から優れた国学の教育環境を与えられ、14歳の時からその才能を発揮してきた。当時の中国で羅振玉は文学研究で有名な学者であったが、王国維の才能を買っていた。この羅振玉のおけかげで王は東文学社で藤田豊八に学び、東京の物理学校に留学することができた。そして辛亥革命の際には、師の羅振玉と共に京都に亡命した。帰国後は哲学、文学から、歴史学、考古学、文字学に先駆的業績を残した。
 日本の中江兆民の著作から「美学」という言葉を中国に伝えた最初の人である。また彼は、西洋の哲学者ニーチェとショーペンハウァーの影響を深く受けていた西洋美学よりも、中国の「紅?夢」などの古典著作を再評価した。彼の著作集は『王忠愨遺書』、『中国の伝統劇の歴史に関する評価』などである。また「境界」論も中国文学史上有名である。
(冬・文章表現U)