2010現文合宿レポート

2007年以来恒例となっている現代文芸論の合宿。Iくんと一緒に今年の幹事をやらないかと助教の加藤さんに持ちかけられたのが確か6月4日、演習後の懇親会の席でだったはずだ。あくる日、ネイティヴ関東人であるところのI君から「自分は交通網とかよく判らないから会場探してね、期日の調整は僕がやるよ」という地方出身者を挑発しているのかと勘繰りたくなるようなメールが届いたのが幹事業の始動だったような気がする。まあそんなことは余談である。
 2010年で四回目となる現文合宿は、8月5日から6日までの一泊二日の日程で、静岡県は伊東温泉の旅館「バウムホール若竹」にて開催された。現代文芸論の三教授陣の揃い踏みを筆頭に、助教の加藤さんや現文博士第1号の秋草さんら若手研究者数名、現文の院生・学部生20余名など、参加者は総勢39名を数えた。特筆すべきは今年も現文外部からの参加者が多彩であったことで、印哲や英文、早稲田国文やコロンビア大からも遠路伊東まで来ていただけたのは現文とその合宿の趣旨に照らしても非常にありがたかった。そういえば、史上最年少・3歳の参加者もあったことを忘れてはならない。実に賢くおとなしく、後述の勉強会(二日目)では聴衆に加わっていたほどだ。

それでは当日を振り返ってみよう。今年は駅から宿まで楽に歩ける近さだということもあって、13:10集合と告知してはいたものの、忙しい方や生きざまがスローな方は適宜あとの便で来ることができるようにしていた。そんなわけで、揃った25人余りでまずは宿へ。チェックインより前なので、部屋に分かれるまで勉強会をやるホールに入れてもらう。以前はプロも頻繁にコンサートをやっていたという本格的な音楽ホールで、和風の格子天井に彫刻のある欄間という造り。どなたかが元は結婚式場かと言っていたが、成程そうかもしれない。
 いろいろあって、15:00より勉強会。最初の発表は「芸術家小説について」「中上健次「秋幸三部作」試論」と、昨年度の修論/卒論をベースにした現文からの内部進学者であるD1/M1のもの。複数の言語にまたがったジャンル論や、三つの言語文化を視野に入れた比較研究で、まずは昨年までの現文の学修成果を披露した。休憩を挟み、後半戦は「喘息とその先にあるもの 自然な呼吸のリズムをめぐって—(ホセレサマ=リマ『パラディーソ』における救済の詩学」より)」「フリオ・コルタサルコーラ看護婦」—作品における神話構造とテーマ論—」と題された、今年度から現文に加わったM1二人の発表。今年度から本格的に増えたラテンアメリカ研究勢の顔見世の形となった。題目を見ての通り、現文らしく諸々のテーマが次々に展開され、話についていくのも大変だったろうと思う(私は幹事業のあれこれがあってだいぶ聴き逃しているので、参加者に感想を聞いてみたいものだ)。議論百出、予定より大幅に超過した17:50ごろようやく終幕と相成った。勉強に来たんだから延びるのは結構で、あっけなく終わるよりましだと皆に己に言い聞かせ、慌しく夕食になだれこむ。このころにはほぼ総員39名が揃っていた。
 伊東といえば港町だ。ゆえに夕食の目玉は新鮮なイナダの舟盛りである。一部自由気儘な参加者らは、夕食もそっちのけで日が沈む前にとビーチに駆けつけていた(彼らは「勉強会に間に合えばいいさ」と、3時近くまで市街でランチを満喫していた強者揃いである)。
 伊東といえば温泉地だ。宿の風呂も小さいながら温泉なのであった。食後から各々代るがわる入浴。一人アパート暮らしの身には浴槽に浸かるというだけでも乙なものだが、温泉となると弥増しであるというもの。
 幹事と有志は食後コンパの買出しにスーパーへ。38人分の酒肴と1人分のおやつをスーパーのカートで数百メートル先の宿に運ぶ。そして、20:30から食堂で盛大なる宴会のはじまりと相成った。手配のことを全く考えていなかった必需品・ギターを次回の幹事候補筆頭S君がもってきてくれたのはありがたかった。柴田先生はじめ数人が代る代る歌って盛り上がる。印哲のOくんはあらかじめ作詞して持参の奇妙な替え歌を披露した。幹事でありつつも場を盛り上げる才能はからきしな私であるから、こうして率先して皆を楽しませてくれる歌い手や乗ってくれる聴き手がいることが何よりのサポートであったと感謝。食堂の片隅でOくんと高田渡「生活の柄」を唱和しつつ、「コード4つだけなんとか覚えて、次の機会に弾いて歌おうかな…」などと現実味のないことを考える。
 日付が変わる頃にはみな連れ立って浜辺へ。Yさんの発案で出来れば花火をやろうという話になっていたのだが、浜辺でやってもいいとの情報を得て繰り出した次第である。ひとしきり浜辺で火遊びののち宿に帰還し、コンパ終盤戦へ。例年だと3時台まで粘るのは少数なのだが、今年は過半数のメンバーが03:30まで宴会に興じ、買出しの品を消費し尽くしたのであった。その後、銘々仕舞風呂を堪能し就寝。

翌朝は数名がかなりの宿酔い(ズブロッカをカラにした中心メンバーに被害が多かったようだ)に悩まされつつ、勉強会に臨んだ。いざ始まると、刺激的な題目も手伝って寝足りない一座も一気に目覚め、またも活発な議論となったのはさすがであった。最初の発表は僧籍を持つという印哲M1・O君による「説話文学研究の方法論宇治拾遺物語を一例として〜」。現文界隈では一見異色のテーマのようだが、方法論をめぐる問題意識に現文の匂いをかぎとることができる興味深い発表だった。次のものは「澁澤龍彦高丘親王航海記』」と題されたM1による発表で、幼時に母に吹きこまれた異国趣味が嵩じてすごいことになってしまう人物をめぐる小説について。大トリとなったのが、今回唯一の学部生による発表で、題目は「現代文芸論について」。このレポートを見てもお分かりのように、新しい研究室とはいえ現文にも定例化した物事がだいぶ多くなってきつつあり、現文という場を主体的に見なおさなければ所与の環境に馴化され流されかねない状況は既にはじまっていると思う(われながらアジビラみたいな文章!)。「そもそも現代文芸論は何をするべきか」という自分たちの根幹を、方向性を問い直すための重要な契機となりうる、野心的なものだった。
 ここで思い出して欲しいのは、聴衆に三歳児がいた事である。幼時から現文趣味を吹きこまれた英才教育の結果や如何に? こうして未来に種まで播く有意義な成果を得て、第4回合宿はおおかたつつがなく終わった。解散後も各自、食事に海に温泉にとしばらく伊東を楽しんでいたようだ。
 勉強会の大盛況は勿論、伊東ならではの、そして夏の夜ならではのものを一通り楽しんでいただけたこと、そしてそれを通じて普段は接点の少ない(かもしれない)参加者同士の交流が深まったことが、幹事としては何よりも嬉しいことであった。私は花火やギターについては全く思い至らず、これらは参加者が提案/持参してくれたおかげでやっとまかなえたのである。幹事を助け、成功に導いていただいた方々に感謝します。勿論、参加それ自体によって場を盛り上げていただいたすべての参加者の皆様にも御礼申し上げる次第です。
 ただ一つ残念だったのは、本来参加すべき学部3年生ら新人に都合により欠席した方が多かったことで、これは全く幹事の不行届き故のことである。それを回避できる日程を組むことが今後の課題だろうと思う。

現代文芸論修士1年 河岸唱平(幹事の片割れ)