現代文芸論 修士1年 落合 一樹
合宿の幹事をやらないか、と声をかけられたときはずいぶんと簡単に引き受けてしまった。去年までいた学校でも夏休みに研究会で合宿というのをやっていて、それはもうたしか二十数年くらいも毎年同じ場所で同じことをやる習慣が確立していて、合宿係はいくつか事務的な仕事をするだけで、とくべつ責任ある決断を下したりはしない楽な仕事だったから、そんな感じなのかと思って気軽に引き受けてしまったのである。いざ仕事を始めてみるとなかなか大変、参加人数は多いし、何より、思ったよりも幹事がいろいろと考えたり決めたりしなくてはいけない。何せまだ今回で5回目の現文合宿、このレポートを書く参考にと現文のHPで過去の合宿レポートを見てみても、まだまだ歴史が浅く伝統として確立していない、ということがよくわかった。でも、そこが現文らしくていいと思う。まだ慣習化されたルーティンがないから、いちいち何をどうするか考えなくてはならない。伝統を新しく創らねばならない。
それはディシプリンとしての「現代文芸論」についても言えることだろう。いまだに誰も「現代文芸論」というのがどのような学問なのか知らず、その全貌はいつまでたっても不詳なのだから、我々現文の構成員がそのつど「これも現代文芸論である」とささやかな自己定義を繰り返し続けない限り、「現代文芸論」なるものは砂上の楼閣のように実体を失ってしまうことだろう。というわけで、私も発表させていただいた合宿の勉強会は年に一度の自己規定の儀式なのである。ある決まった研究対象や方法論を採用することによってではなく、皆がそれぞれ「現代文学とは何なのか?」を考えることによって規定される「現代文芸論」。だとすれば、先ほど「構成員」などと書いたけれど、べつだん学籍上現文に所属している人だけでなく、たまたまその場に居合わせた人たち全員が「現代文芸論」を規定して、伝統を創っているのであり(イメージとしては福岡伸一の言う「動的平衡」みたいな感じ)、外部からも参加者がいらっしゃる合宿はその意味でも現文のありかたを象徴しているように思われた。
今年の勉強会のプログラムは現文らしいヴァラエティが出せず、少し英米文学にテーマが偏りすぎたかも、というのがプログラムを組んだ者としての反省であったが、それぞれ「遊園地」と「脳と身体」についてお話されたTさん、Iさんの発表は軽々しく国境やジャンルを超えた興味深い内容で、合宿においてはこのような一般的な内容の方が誰でも議論に参加できてふさわしいのかもしれないと思った。逆に言えば、現代文芸論研究室の性格上、皆の基礎知識がどうしても一致しないので、個別の作家・作品について発表する場合は、それについてまったく知識のない人にも伝わるためにどう工夫をするか?というのが今後の(私を含めて)現文の課題だろう。
しかし、より雄弁に「これが現文だ」と自己定義しているのは夜の飲み会の方かもしれない。奇しくも7月11日は柴田先生の誕生日。そのことに気がついてケーキを購入し、みんなにクラッカーを秘密裏に渡して先生を待ち構えるところまでは首尾の良かった幹事であったが、クラッカーをバンバンと鳴らした後に何をすべきかまったく考えておらず、柴田先生も寝起きで何が起きているのかよく理解しておられず、火薬の匂いの立ちこめる暗闇の中でただケーキにさしたロウソクの炎がゆらゆらと揺れるばかりであったが、ありがたいことに誰からともなく「ハッピー・バースデイ・トゥ・ユー♪」と合唱が始まったものの、「ディア」の後をアメリカンに「モトユキ〜」と歌うのか日本人らしく「シバタセンセイ〜」と早口で歌うのか集団的合意に至っていなかった我々の合唱は「ディア・ムニャムニャムニャ〜」と曖昧に闇の中に消えて行き、何ともうやむやな始まりとなってしまったのだが、野谷先生による乾杯で仕切り直し。その後は何の秩序もないのになぜかうまく行く、という現文らしい宴会。すでに伝統となっているらしい演奏会(と言うほど秩序があるわけでもなく、歌っている人とそれを取り囲んでいる数人、という感じだが)では、柴田先生はビートルズやニール・ヤング等々の歌を披露し(来年はぜひ、はっぴいえんど and/or 細野晴臣の曲をお願いします!)、野谷先生やOさん、Rさんも代わり代わり歌と演奏を聴かせてくれた。新たな伝統とするべく百均で購入して持ちこんだタンバリンも大活躍したが、そういえばあれはどこへ行ったのでしょう?そこで楽しくsing-alongしているところまでは元気だったが、私は幹事やら発表やらで疲れていたようで、浜辺へ花火をしに行ったあたりから記憶が怪しく、宿に戻って来るとすぐに寝てしまった。朝起きて宴会場に行ってみると、きれいにまとめられたゴミ(とKさんの靴下)しか残されておらず、片づけをしてくださった方々に改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。
遅くまで飲んでいても、次の日は朝からちゃんと勉強会をするところも現文の若々しいエネルギーが発揮されていて素晴らしいと思う。勉強会が終わると慌ただしく解散。あっという間だったけれど充実した合宿だった。居残り調査の結果、行方不明となっていた2台の携帯電話も見事に発見され、とりあえず無事に終わって何よりであった。
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4月に現文に来たばかりで右も左もわからない僕が何とか合宿幹事を務められたのは多くの方々の協力のおかげでした。とくに一緒に幹事として働いてくれたSくん、丁寧きわまりない「ネコでもできる合宿幹事マニュアル」を作ってくれたKさん、集合場所に幹事がいないというまさかの展開に対応して下さったIさん、柴田先生の誕生日のサプライズ担当大臣として働いて下さったKさん、地元住民として買い出しに協力していただいたNさんとそのお母様、何かとサポートして下さった教職員の方々、本当にありがとうございました。
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