私の留学生活 台湾大学台湾文学研究所にて     博士課程(交換留学生) 末岡麻衣子

 もともと理系出身で、中国語とも台湾とも何の関わりも無かった私が、文学部に転学し、とりわけ中国語中国文学専修課程を選択し、更には台湾文学を専攻する大学院生になるまでには、紆余曲折ともいえる過程があり、そのときどきで、私は多くのひとの影響を受けてきた。
 留学という得がたい機会を通して、私は、母校東大の教育・研究環境、母国日本の学術界とも異なる台湾における台湾文学研究の現状を見聞し、また、学術面に止まらぬ多様で豊富な経験を享受している。それは、この一年だけで、すでに数え切れないほど多く、量りきれない貴重さを併せ持つ。とりわけ、台湾大学から受けた(※現在も受け続けているところである)衝撃は多く、大きい。
 熱心な先生方、優秀な同学、整った設備、示唆に富む刺激的な授業、時が立つにつれて、この環境に身をおける幸福への感謝を深めずにはおれない。そんな私が日々密かに驚嘆し驚喜していることは、どの先生のこころにも文学に対する愛が漲り煮えたぎっており、その深く熱い愛情が時を問わず蒸散し、目に見えない気体となって研究所全体に瀰漫して学生たちを取り囲み、彼らの心の奥底へとしみいっているように感じられることである。優れた業績を持つ研究者であるだけでなく、文学と接したときの感動や、文学研究者であることの喜びを身体から発しつづけ、それを自然に周囲に伝えてしまうことが出来るなんて! 「謦咳に触れる」とはまさにこのような経験を言うのではないか。
 今振り返ってみると、学部生時代、私が特に好んで出席し、毎週楽しみにしていた講義やゼミがあった。それらは幾つかの専門分野に跨り、内容も文学に止まらなかった。自分が研究者の道を志そうと思った最大の理由は、文学を読む楽しみに魅了されたためであるが、文学部の先生方から発される空気に憧れたという一面も、確かにある。研究対象に対する先生方の愛が、あのような空気を生み出していたのだろう。台大台文所は、東大文学部学部生時代に感じえたあの両者を思い起こさせてくれる、この上なく魅力的な場なのである。
 こちらでの授業は、聞き取りや討論の面でどうしても困難が付きまとい、母語での授業に比べて疲労感も大きく理解度も完璧とは言えない。毎日の過密スケジュールにくたくたになり、頭がぼーっとなりながらも、やっぱり授業に出たい!と思ってしまう私は、台大台文所の、救いがたい重度の中毒患者なのだろう。中毒の後には何が訪れるのか。願わくば、帰国後も現在の心理状態を忘れることなくまい進し、遠い将来、私自身が昔憧れ今憧れるような人のひとりになれますように・・・。



この頁閉じる