ブックタイトル東京大学文学部_2018

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概要

東京大学文学部_2018

専修課程宗教学宗教史学研究室基礎文化「宗教」と聞くと、過剰に警戒する人もいれば好奇心を刺激されるの研究に特化した学科やコースを設置している大学は少なく、また、人もいますが、そのどちらもが多くの場合、宗教に関して何らかの先入観を持っています。宗教学の教育は、何よりも「宗教」という言葉自体に対して皆さんが知らず知らずのうちに抱いている思い込みを揺り動かすことから始まります。その共通のスタート地点から、具体的に何を研究していくかは、一人ひとりの興味関心によってさまざまに分かれます。日々ニュースとして飛び込んでくる、宗教をめぐる国際情勢や時事問題を分析しようとする学生もいれば、古代や中世に書かれた宗教書をじっくり読もうという学生もいます。地方の祭りや寺社の調査に赴く学生もいれば、同年代の若者の宗教意識をインタヴューから探ろうという学生もいます。それぞれの発見を持ち寄るのがこの研究室という場です。学生の多くは、宗教学に進学するまで、宗教について特別に関心があったわけではないという人たちです。それでも卒業する時までに身についているのは、宗教の歴史や文化に関する知識は言うまでもなく、現実に即した、なおかつ多角的な宗教の見かたです。それはよく耳にする「宗教は根本ではみな同じだ」や「一神教と多神教は文化が正反対だ」といった単純化ではない、リアリティに迫るための宗教比較の視点です。そのような見かたができる人を一人でも多く社会に出してい<ことがこの研究室の役割です。キリスト教や仏教などの宗教系の大学を除くと宗教あらゆる宗教を多様な方法を用い総合的に研究することを謳っているところはさらに稀です。それを可能にしているのは、1905年以来の伝統、多彩な専門をもつ教員陣、全国随一の宗教学関連書籍の蔵書量です。仏教学、イスラム学の研究室が隣接していることも大きな強みです。1958年に国際宗教学会の世界大会を非西洋諸国で初めて開催したのですが、その時の事務局の中心は本研究室。海外からの学者のために企画した、おもてなし精神たっぷりの宗教施設ツアーのしおりなどが残っています。以来、国際交流も盛んです。半世紀前、研究室の教員の一人、柳川啓ーは、「宗教学はゲリラである」と宣言して周囲を驚かせました。細かい作法(専門分野=ディシプリン固有の方法の手続き)に縛られず、権威を笠に着ることなく、知的刺激を求めて突き進むという気風は今も生きています。毎年春の研究室旅行では関東近辺の宗教施設を回奄美群島徳之島での調査実習。現地の高校にてります。幹事が丁寧なしおりを作る伝統は今も健在。美学芸術学研究室l喜斎「美学芸術学研究室」という名前をきいたとき、どんな所を想像しますか?「芸術大好き」の人々が集まって楽しく議論しているような場所を思い浮かべる人もいるかもしれません。いやいや、「美学」は美についての哲学であって、愛好家的なアプローチとは全くちがうものだ、厳めしい顔で普通の人にはわからない難しい話をしているにちがいない、などと思う人もいるかもしれません。この二つの一見正反対のイメージは、どちらも当たっていると言えば当たっているのですが、いささか一面的です。それらは別々のことではなく表裏一体であり、両方が合わさって力を発揮すると私たちは考えています。芸術なんて趣味なのだから、そんな難しい顔をせずに楽しめばいいじゃないか、と思う人もいるかもしれません。もちろんそれはそれで一つの考えなのですが、「美」にしろ「芸循」にしろ、最初から所与のものとしてそこにあるわけではありません。それ自体が様々な文化的・歴史的コンテクストと関わりながら成り立ってきたものなのですから、われわれがあるものを芸術作品として認識するとか、何かを美しいと感じるという、一見単純な事態のうちにすでに、様々な歴史が刻み込まれていたり、文化的な力が作用していたりするのです。そのあたりを掘り下げてゆくことで、芸術体験の背後には思いもかけなかったような大きな世界が開けてきて、新たな楽しみ方を付け加えてくれるのです。こんな魅力的な体験を放っておく手はないと思いませんか?最近、美学や芸術学の周辺で盛り上がつている話題のひとつに、「感性学」や「感性文化」というテーマがあります。美や芸術というと、これこの写真には、美学や芸術学に関わるテーマがいくつも隠されています。探してみてください。までは暗黙のうちに、美術館で絵画作品を鑑賞するようなモデルを想定して考えていたところがあるのですが、それは人間の感性に関わる文化の中の氷山の一角にすぎず、その地続きのところには、もっと多様で広範な事象が広がっています。最近のメディアやテクノロジーの新たな展開をうけて、その広がりはますます増していますが、そうした「感性文化」の歴史や思想という大きなコンテクストの中に置き直してみることで、美や芸術をめぐる問題もまた新たな光を放ちはじめています。美や芸術は、決して一部の愛好家だけのものではありません。それらは、「感性」という窓口を通して、人間とは何か、文化とは何かといった根源的な問題へとわれわれを誘ってくれるものにほかならないと、私たちは信じています。