ブックタイトル東京大学文学部

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概要

東京大学文学部

文学部生の1/365文学部生は、どんなキャンパスライフを過ごしているのだろう?授業以外の時間は、どこで何をしているのだろう?という疑問にお答えしましょう。朝から夕方まで、とある文学部生の一日の過ごし方を時系列で追ってみました。構内の休憩スポットや学食のイチオシメニュー等もご紹介します!9:30朝の授業準備文学部の自習スペース、三友館で友達と待ち合わせ。図書館では話せる場所が少ないので、相談しながらの勉強に便利。10:25講義階段講義室で授業。少人数授業の多い文学部だが、大教室での講義も迫力があって引きこまれる。111三友館は、文学部の学生・院生が勉強や交友に自由に使えるスペースとして、大教室を改修して作られました。三友館という名は、「直きを友とし、諒あるを友とし、多聞なるを友とすれば、益あらん」という『論語』の言葉に因んでいます。ロッカールームも兼ねたホワイエ、パソコンが使える静かな自習室、ホワイトボードや移動式の机を備えたディスカッションルームの3つの空間からなる、文学部生専用の広々としたスペースです。910876■文学部の建物と関東大震災東京大学文学部は神田錦町の現在学士会館があるあたりで発足し、1884年、本郷の現在の法文2号館のあたりに落成した法学部と共用の建物に移った。その後、1910年に現在の法文1号館の位置の理科大学の建物を引き継ぎ、これもあわせて法学部とともに使用した。文学部の使用した範囲は現在と大差ない。そして、現在文学部が一部を使用している赤門総合研究棟の位置には文学部史料編纂掛が所在していた。しかし、1923年9月1日の関東大震災で、現在史料編纂所のあるあたりの医学部医化学教室から出火した火災により、図書館とともに、文学部の二つの建物は全焼した。図書館に近かった本館の独逸文学、社会学、美術史研究室からは何も搬出できなかったが、国語国文学など北寄りの研究室や八角講堂に続いた建物にあった史学、宗教学、哲学の研究室からは居合わせた学生や、第一高等学校の生徒たちによってかなりの本が搬出されて火災を免れたという。授業は11月に開始され、文学部は医学部に間借りし、あるいは東京美術学校(現:東京芸術大学)の教室を借用した。延焼を免れた史料編纂掛の建物は、後に小石川植物園に移築されて現存し、その煉瓦造書庫はレストランに改造されながら赤門近くに今も残る。焼失した建物の跡に、震災復興のため建てられたのが現在の法文1・2号館である。文責:鈴木淳(日本史学)焼失した旧本館26